茨城県では、県西地域の陸田で初期成育段階に窒素欠乏と似た症状が散見され問題となっています。これらの圃場では、土壌の可給態硫黄含量が低く、硫黄含有資材の施用によって生育が回復するため、硫黄欠乏症状であると考えられます。また、調査の結果、かんがい水(井戸水)の硫酸イオン濃度が低く、土壌中の可給態硫黄含量が低下した原因と考えられました。
水稲の硫黄欠乏の症状と発症しやすい条件
水稲は、硫黄欠乏によってタンパク質の生産が制限されると、移植後30日ごろ(分げつ期)から葉色値や茎数の低下といった窒素欠乏症状と似た症状になります(写真)。
菅野(2019)によると、土壌の可給態硫黄含量が20mg/kg未満では硫黄欠乏症状の発症リスクが高くなると報告されています。また、土壌中の鉄やマンガン、亜鉛などが過剰であると、可給態硫黄は水稲が吸収できない形態となり、硫黄欠乏症状を発症する事例も報告されています。
R3年度6月26日(移植から48日後)の同一圃場内の様子、供試品種:にじのきらめき
可給態硫黄含量が低い圃場での硫黄欠乏症状改善試験
そこで、硫黄欠乏症状の見られる圃場において、水田土壌への硫黄含有資材(主成分:硫酸カルシウム、硫黄含量分析値17%)の施用による水稲(供試品種:にじのきらめき)の生育・収量の改善効果を明らかにしました。
試験圃場は、かんがい水(井戸水)の硫酸イオン濃度が低いため(0.04ppm)、土壌の可給態硫黄含量が低く(4.6mg/kg)、硫黄欠乏症状がみられる陸田です。試験区は、硫黄含有資材を40kg/10a(硫黄6.8kg/10a)施用した区(中S区)、60kg/10a(硫黄10.2kg/10a)施用した区(高S区)、無施用の区(対照区)としました。
●水稲の生育・収量改善効果
硫黄が欠乏すると、移植後30~50日ごろから草丈や茎数、葉色が低下し、収量の低下を招きます。本試験では、硫黄含有資材を40kg/10a以上施用することで、生育量や収量が改善する効果がみられました(表1・2)。
また、経営試算結果より、本試験では硫黄含有資材の60kg/10a施用によって最も所得が向上しました(表2)。
試験 区名 |
生育調査結果 | 成熟期調査結果 | ||||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
草丈(cm) | 茎数(本/m²) | 葉色(SPAD) | 稈長 | 穂長 | 穂数 (本/m²) |
|||||||
30日 | 50日 | 70日 | 30日 | 50日 | 70日 | 30日 | 50日 | 70日 | (cm) | (cm) | ||
高S区 | 35.2 | 62.9 | 89.5 | 365 | 483 | 451 | 40.6 | 37.0 | 35.3 | 78.1 | 21.2 | 392 |
中S区 | 35.9 | 64.3 | 88.9 | 377 | 495 | 460 | 40.0 | 36.9 | 34.2 | 77.9 | 20.6 | 397 |
対照区 | 35.2 | 56.4 | 87.0 | 356 | 426 | 391 | 39.7 | 34.1 | 33.5 | 74.3 | 21.8 | 352 |
試験 区名 |
収量調査結果 | 経営試算 | |||||
---|---|---|---|---|---|---|---|
精玄米重 (kg/10a) |
千粒重 (g) |
タンパク質 含量 (%) |
販売額(A) | 硫黄含有 資材費(B) |
A-B | 対照区 との差額 |
|
(円/10a) | |||||||
高S区 | 748.2 | 23.0 | 6.9 | 129,432 | 4,527 | 124,905 | 8,563 |
中S区 | 710.4 | 23.1 | 6.8 | 122,902 | 3,018 | 119,884 | 3,542 |
対照区 | 672.5 | 22.9 | 7.0 | 116,343 | 0 | 116,343 | – |
注)販売額はR5年度の農家聞き取り値(銘柄:にじのきらめき、米価173円/kg)、
硫黄含有資材費はR2・R3年度のA農協の平均価格(1509円/20kg)から算出した。
「A-B」:掛かり増し経費を差し引いた販売額を示す。
試験区:高S区(硫黄含有資材 60㎏/10a施用)
中S区(硫黄含有資材 40㎏/10a施用)
対照区(硫黄含有資材 無施用)
●土壌の化学性の変化
硫黄含有資材をR2、R3の2か年施用した結果では、施用後には土壌の可給態硫黄含量が増加しましたが、収穫後は施用区と対照区との間に差はみられなくなりました(図)。無機態の硫黄は、土壌に蓄積しにくく継続的な硫黄含有資材の施用が必須であることが考えられます。硫黄含有資材の継続的施用による土壌化学性の変化については、石灰が高くなる傾向を示しましたが、pHなど他の項目への影響はみられませんでした(表3)。
なお、本試験は2年間の結果であり、長期間の連用効果は明らかになっていないため、土壌の可給態硫黄含量を確認しながら、硫黄含有資材を施用してください。
R2年度の硫黄含有資材の施用日は3月11日、R3年度の硫黄含有資材の施用日は3月26日である
試験年次 | 調査時期 | 試験区名 | pH (H₂O) |
交換性塩基 | CEC (meq/100g) |
||
---|---|---|---|---|---|---|---|
石灰 | 苦土 | カリ | |||||
(mg/100g) | |||||||
R2 | 作前 | – | 6.9 | 168 | 38 | 32 | 12.5 |
硫黄含有資材 施用後 (入水前) |
高S区 | 6.6 | 179 | 37 | 36 | 10.9 | |
中S区 | 6.7 | 191 | 40 | 36 | 11.9 | ||
対照区 | 7.1 | 189 | 39 | 35 | 10.7 | ||
収穫後 | 高S区 | 6.4 | 221 | 33 | 25 | 13.6 | |
中S区 | 6.5 | 220 | 33 | 24 | 16.5 | ||
対照区 | 6.5 | 212 | 32 | 24 | 16.9 | ||
R3 | 作前 | 高S区 | 6.6 | 275 | 35 | 29 | 17.1 |
中S区 | 6.7 | 239 | 33 | 29 | 15.0 | ||
対照区 | 6.6 | 288 | 37 | 30 | 13.9 | ||
硫黄含有資材 施用後 (入水前) |
高S区 | 6.4 | 317 | 35 | 32 | 14.6 | |
中S区 | 6.4 | 319 | 36 | 31 | 14.7 | ||
対照区 | 6.6 | 311 | 37 | 32 | 14.3 | ||
収穫後 | 高S区 | 6.4 | 238 | 29 | 23 | 14.6 | |
中S区 | 6.4 | 224 | 28 | 22 | 14.7 | ||
対照区 | 6.4 | 226 | 30 | 26 | 15.0 |
施肥窒素量は十分なのに生育量や収量の低下がみられる陸田では、硫黄欠乏を疑ってみてください。可給態硫黄含量の測定は、全農の広域土壌分析センターなどの検査機関で実施できます。可給態硫黄含量を診断して低い場合は、硫黄含有資材の施用を検討するとよいでしょう。
【引用文献】菅野均志(2019)「水田土壌の硫黄(S)肥沃度評価に関する一考察」肥料科学