2023年10月19日
やさとの自然と人が育む有機農産物 ~JAやさと有機栽培部会の活動~
石岡市 JAやさと有機栽培部会
部会長 田中宏昌さん
茨城県農業改良協会事務局茨城県農業協同組合中央会
県南農林事務所経営・普及部門
JAやさと有機栽培部会は、1997年からやさとの地域資源を活かした有機栽培に取り組んでいます。収穫された有機農産物のほとんどは、都内の生活協同組合(以下 生協)を通じて消費者に届けられています。部会員は29戸(研修生3名を除く)ですが、その多くは地域外から新規に就農された方々です。このような活動が高い評価を受け、JAやさと有機栽培部会は、2023年3月、第52回日本農業賞集団組織の部で最高賞である「大賞」を受賞しました。
この機会に、JAやさと有機栽培部会の部会長である田中宏昌さんに、JAやさと有機栽培部会(以下 部会)のこれまでの歩みと現在の活動、今後の方向性について伺いました。
いくつかの研修を経て、JAやさとの「ゆめファーム」研修制度を知り、2010年に応募。2年間の研修を経て就農しました。これまでの経験を活かしながら部会活動に積極的に参画し、2023年度に部会長に就任しました。
田中さんは、ご自身が就農する以前の部会についても良く理解しておられ、この部会の優れた特長としては、リーダーが交替しても部会の理念や歴史が受け継がれることであると思われました。
はじめに、部会の始まりと有機栽培への取り組みについて聞きました。
有機農産物の需要を確信して栽培をスタート
●意識の高い消費者に訴求できる商品づくり
1976年、JAやさとは、東都生協との産直事業として、卵や生シイタケなどの取引を開始しました。1987年には、コマツナ、チンゲンサイやダイコンなど野菜の産直事業に発展していきました。
そして、1995年に、「やさとグリーンボックス」の販売を開始しました。これは、数品目の野菜の詰め合わせに、レシピや生産者のメッセージを添えて組合員に届ける取り組みで、最盛期には毎週5000セットを発送するなど、JAやさとのヒット商品となりました。
産地と繋がれる商品として好評を得た「やさとグリーンボックス」ですが、一般の野菜と差別化できる要素が少なかったこともあり、その取扱量は年々減少していきました。このため産地として、より消費者に訴える商品づくりの必要性を感じていました。
●潜在的な需要を確信し有機栽培をスタート
そのような中、大口の取引先である東都生協から「有機野菜を作ってみませんか」という打診を受けました。東都生協では、消費者からの安全・安心で環境に優しい農産物に対する要望が強くなり、これらの意識の高い消費者に訴求できる商品づくりを志向していました。当時JAやさとの営農指導員であった芝山進さんは、JAとして有機栽培に取り組むべきかどうかを調べるために、都内に何度も足を運びました。そして「有機農産物には潜在的に大きな需要がある」という確信を得ました。
また、JAやさと管内は、傾斜地が多く畑の区画が小さいものの、盆地の特性として冬暖かく年間を通して穏やかな気候で推移します。このような地域の条件を活かして収益を上げていくには、高単価が期待できる有機栽培が適していると考えました。
そして、1997年に、生産者7名で「有機栽培部会」を設立し、JAやさとにおける有機野菜づくり(10品目)がスタートしました。有機野菜をグリーンボックスに入れ、セット販売したところ、評判が良く、「もっとほしい」「全然足りない」という反応が返ってきました。やがて単品でも売れるようになり、JAやさとの有機野菜は、消費者である生協組合員の支持を得て、成長しました。
●地域に適した有機栽培技術を確立
有機栽培が短期間で軌道に乗った背景には、地域で長く有機栽培に取り組んできた生産者の存在がありました。JA担当者と生産者有志で研究会を組み、有機栽培の先駆者から具体的な栽培方法を教えてもらったり、先進地を視察したりして、土づくりなど地域に適した有機栽培技術を確立していきました。
栽培に向けて土壌診断により、窒素とリン酸の関係や微生物の状況を調べるなど、地道なデータの蓄積を進め、有機栽培技術を理論的にも構築しました。
「有機栽培部会」のスタートが成功した背景には、有機栽培の組織的な取り組みという点では他に先駆けていたこと、「やさとグリーンボックス」のアイテムとして導入を図り、有機農産物の販売拡大にスムーズに繋げたことなどがあると考えられます。
有機栽培に組織的に取り組む
部会は、2001年に部会全員で有機JAS認証を取得しました。同時に、有機栽培部会栽培5原則(表)を定めました。現在、部会員29戸(研修生3名を除く)で40品目(図1)を生産しています。次に、部会ではどのようにして、有機栽培に組織的に取り組んでいるかを聞きました。
① 化学肥料は使用しない。有機肥料100%で栽培
② 除草剤及び土壌消毒剤は使用しない
③ 化学合成農薬は使用しない
④ 輪作・緑肥を重視する
⑤ ゲノム編集、遺伝子組み換えされた種子は使用しない
※同じ作物でも昨期が異なる場合は複数にカウント
●出荷計画を立案して販売先と調整
有機栽培は、出荷計画を立てるところからスタートします。部会員は、それぞれ好きな品目を作って良いことになっていますが、年2回自家の出荷計画を提出します。これは、例えば7月の第1週にどの品目を何点出荷するかなど、かなり綿密なものです。部会員それぞれの出荷計画を集約し、部会としての出荷計画として一覧表にまとめます。そして、主な取引先である生協の販売方針等と擦り合わせて、出荷計画の微調整を行ったうえで、部会員にフィードバックします。こうすることで、同じ品目を大量に出荷する事態を防いでいます。
●地元産家畜ふん堆肥と輪作・緑肥による土づくり
土づくりには、地元の養鶏農家や養豚農家が作った家畜ふん堆肥や稲ワラを使用します。堆肥散布などの圃場準備を早めに行い土によく馴染ませます。また輪作を重視し、アブラナ科野菜、ホウレンソウ、長ネギ、果菜類と作付けし、冬季と夏季にそれぞれエンバクやソルゴーなどの緑肥を栽培し、すきこむことで土壌中の有機物を確保します。土壌中の有機物は、「団粒構造」形成を促すことで保水力を高め、緩衝能力を高めることで保肥力を高める効果などがあります。(土壌作りの詳細は、別記事:持続可能な農業生産~みどりの食料システム戦略と 土壌・肥料~④土の健康を守る有機物から)
●露地で旬の野菜を栽培
部会では、果菜類、葉菜類ともハウスなどを使わない「露地栽培」を基本としています。これは、冬でも暖かいやさとの気候を活かした栽培法です。季節にあった旬の野菜を露地栽培することが、部会の有機栽培の特長となっています。また、露地栽培は、ハウスを建てたり井戸を掘削したりする手間と費用が不要であるため、労力や資金準備の少ない新規就農者でも取り組みやすいというメリットがあります。
防除は耕種的防除と物理的防除を組み合わせ、虫害対策としては防虫ネットを使用します。
自前の研修施設で担い手を育成
●部会による担い手育成
部会では、地域内外から就農希望者を募り、2年間はJAやさとの施設(ゆめファーム 1999年開設)で研修し、栽培開始までサポートしています。これは、他に例を見ない部会の特長と言えます。これまでの新規就農者32戸のうち、31戸を県外および県内他地域の出身者で占めています。
●なぜ担い手育成に力を入れることにしたのか
なぜ担い手を地域外から呼び込もうとしたのでしょうか。
これについては、「有機野菜の需要が増加し生産を拡大しようとする中で、地元生産者への働きかけを行ったものの数戸しか集まらなかった。一方、地域には離農による耕作放棄地が多く存在していた。そこで、地域外から新たな人材を募り、担い手を育成することにした」とのこと。部会としての担い手育成は、有機農産物の生産拡大や耕作放棄地の有効利用など地域の課題解決に向けた、確かな戦略があったことが理解できます。
●2年で自立した有機栽培農家を育てる
現在、新規就農希望者の研修施設として、1999年にJAやさとが開設した「ゆめファーム」と2017年に石岡市が開設した「朝日里山ファーム」の2か所があり、毎年1組ずつ計2組の研修生を受入れています(写真2・3・4)。
有機農業の研修とはどのようなものでしょうか。
研修1年目は施設の用意した「研修圃場」において、堆肥散布などの圃場準備、播種、栽培管理、収穫してから出荷するまでの一連の作業を一人で行います。研修生には「指導農家」をつけます。指導農家は、週に一度の面談で現況を聞き取り適切なアドバイスを与え、指導農家の圃場で実地研修を行います。また、必要に応じて研修圃場で作物を見ながら指導します。
2年目は、生産・出荷のほとんどを研修生に任せ、ある程度の失敗を経験してもらい、試行錯誤しながら課題解決する能力を身につけさせます。
2年間の研修終了後、3年目に有機栽培に参入するには、研修中に有機JAS認証可能な圃場を準備しておく必要があります。先輩農業者に聞いたり市に協力を求めたりしながら、自分で圃場を探して準備します。
このように、一見突き放したように見える研修ですが、周囲の部会員の見守りや困った時にはいつでも相談に行ける体制に支えられ、経験の乏しい研修生でも短期間で自立した有機農業者へと変身することが可能となります。
●研修を受ける条件とは
部会の研修を受ける条件として、既婚者であり家庭をもっていること、就農後は夫婦で農業に従事することとしています(2017年開設の朝日里山ファームは単身者も受入れ可能)。その理由を尋ねると、「未婚者は農業を始めることも簡単に選択できるが、やめることも簡単なのに対して、既婚者は家族があり生活があるため、相当な覚悟をもって応募してくる。また、農業のパートナーがいて相談できるほうが、経営がうまくいく」とのことです。
●応募者殺到では?
優れた研修施設をもち、確実に有機農業者への道が開ける研修制度。研修希望者が殺到しているのかと思えば、「リーマンショック後景気が後退した2010年ごろは毎週のように問い合わせがあったが、現在は年間数組程度です」とのこと。
その理由を尋ねると、「有機農業を志向する方には、自分のペースで、いろいろなやりかたを試しながら自由に農業をやりたいという方が一定数おられる。これに対して当部会では、ルールを守り、取り決めの中で営農することが求められる。このような部会の特徴が、新しく農業を始めようとする人たちにも知られてきたからではないか」と推察しています。
このため、数は少ないものの、部会のシステムを知ったうえで、覚悟を持って応募するため、研修後の就農率は100%、就農後の定着率は92%となっています。
新規就農者の竹内直樹さんに聞いてみました
2年間の研修を修了し2023年度、晴れて部会員として迎えられた竹内直樹さんにお話しを伺いました(写真)。
「新卒で農業法人に就職したあと、JAやさと有機栽培部会について知りました。『新農業人フェア』に妻と2人で参加し、お話を伺い2人で相談して研修への応募を決めました。部会は、有機栽培に組織的に取り組んでいるのが魅力です。研修制度もしっかりしていて先輩農業者の指導を受けられる。JAやさと有機栽培部会に入れて本当に良かったと思っています」とのことです。
やはり、組織的な取り組みが、研修生に安心して学べる環境を提供しているようです。
販売部、栽培部、広報部の活動の活性化
●部会の発展に向けて(3部の活動)
有機栽培部会は、販売部、栽培部、広報部があり、部会員により運営されています。部会員は、それぞれ異なったキャリアやスキルを持ち、3部の活動をより活性化させることが、部会発展のカギになると思われます。そこで、それぞれの活動について聞きました。
販売部では、前述した、出荷計画の販売先との調整を重要な業務とし、販売先の要望やニーズの把握を行っています。
栽培部では、品質の均一化や、安定栽培に向けての情報交換に加えて、販売部と連携して新品目の試作・導入を行っています。
「皮ごと丸ごとやさとの有機野菜セット」では、購入者にアンケートを行い、セットに入れる野菜のリクエストを受けています。部会では、新品目導入については、試作農家を募り、種子代を負担するなどして栽培を実施します。その結果、高品質のものが一定期間(4~5週間程度)出荷できることを確認した上で、商品化に踏み切ります。現在は、コマツナやホウレンソウなど冬野菜を中心に試作を進めています。
広報部では、パンフレットやチラシの企画・製作や有機栽培部会ホームページの製作・更新を行っています。
●JAと部会が共同で販路開拓
市場を介さない直接取引においては、JA販売担当者と生産者との意思疎通が重要です。これがうまくいかないと、「需要(販売側)と供給(生産側)にアンバランスが生じて、モノがあっても売れないことになる。」とのこと。
このため部会では、4か月に1度のペースでJAと部会員で「営業会議」を開催し、組織として販売先情報の共有に努めています。また、JA担当者と部会員が、都内の生協等の販売先に出向き、共同で情報収集や商談を行っています。
この結果、部会員は今何が売れてどのようなものが求められているのかなどの情報を知ることができます。これらの取り組みは、前述した「生協との調整による出荷計画の策定」や「売れ筋商品の試作・導入」などの活動に活かされています。
やさとの有機農業発展に向けて
●やさとの有機農業ファンを増やす
近年、環境保護や安全で栄養価の高い食品への関心が高まり、環境負荷が小さい有機農業やオーガニック食品への消費者の理解が進みつつあります。今、有機農業には確かな追い風が吹いており、それに携わる農業者が増え、生産も増加していくと見られます。このような状況下での、有機農業部会の方向性について聞きました。
「まず、やさとの有機農産物の品質や味の良さや栄養成分をしっかりアピールしていきたい。さらに、自然条件を活かし、担い手を育て、生産と販売に組織的に取り組む『地域に根ざした有機農業』という活動自体を消費者に知ってもらいたい。」と言います。そして、「やさとの有機農業のファンを増やしていきたい」と田中さんは熱く語ります。
そのためにまず取り組んだことは、消費者との交流活動です。
やさとの地に消費者を招き、野菜の種蒔きから収穫までの農作業を体験してもらう交流会を開催しました。この交流会は、農作業を通じて生産者と消費者が対話する機会となり、新型コロナ感染拡大下では、オンライン形式で開催しました。
また、都市部の中学生を受け入れるグリーン・ツーリズムを実施しました。
●消費者に知ってもらうためには
やさとの有機農業ファンをさらに増やすためには、「消費者の目に映る回数をできるだけ増やしていくことが重要だ」と言います。そのための活動として、有機栽培部会のホームページをリニューアルしました。次に、部会のロゴマーク(図2)を製作しました。これは、部会のメンバーから原案を募集して部会で決定したものです。そして、ロゴマークPRのためにプレスリリースを初めて実施しました。
さらに良く知ってもらうための手段として、各種農業コンクールでの上位入賞を目標に置きました。「設立25年を迎え、生産・販売・担い手育成が軌道に乗り円熟してきた。国の戦略もあり有機農業に追い風が吹いている。今がチャンス!」と捉え、まず、日本放送協会と全国農業協同組合中央会などが主催する第52回日本農業賞に応募しました。そして、2023年3月JAやさと有機栽培部会は、集団組織の部で最高賞の「大賞」に輝きました。これまでの取り組みが実を結んだ瞬間でした。「大賞」受賞後は、「やさとの有機野菜はどこにいけば買えるのか」という問い合せが殺到したとか。
このような取り組みを通して、JAやさと有機栽培部会は、高品質な商品のみならず、その商品を産み出す自然条件や部会活動自体をパッケージにして、ブランド化することを目指していると言えます。田中さんは、「大賞」という果実を、部会のPRに活用していきたい。そして、他のコンクールにも応募してさらに知名度を高めていきたいと意気込んでおられます。
これまで見てきたとおり、JAやさと有機栽培部会の取り組みは、有機栽培への参入や担い手の育成、販売へのコミットなど、すべてが地域の条件や将来を見据えた確かな戦略に基づくものであることがわかりました。
JAやさと有機栽培部会では、これまでの生協との関係性を大事にしながら、販売・生産・広報をバランス良く機能させ、有機農産物の消費拡大と販路の開拓に取り組んでいくことでしょう。気鋭の田中部会長を中心とした有機栽培部会の活動は、今後も注視していく必要がありそうです。