2023年10月5日
第1回 つくば地域の有機農業パイオニアとして
つくば市 つくばいしだファーム(旧 石田農園) 石田真也さん
茨城県農業改良協会事務局県南農林事務所 つくば地域農業改良普及センター
つくば市で、父親の代から有機農業に取り組む石田真也さん。つくば地域における有機農業の先駆者として、有機栽培の普及に大きな役割を果たす一方、独立就農や雇用就農に向けた研修生の受入れ、「農福連携」(※1)の推進でも優れた実績をあげています。
現在の経営面積は、ベビーリーフやタマネギ、ニンジン、ジャガイモ、サツマイモなど約400a。サツマイモの一部を除き有機JASの認証を取得しています。労働力は、石田さんと奥様の2名を基幹として、それを研修生2名と農福連携による福祉事業所利用者(1日あたり3~4名)が支えています。また、ニンジン収穫などの繁忙期には、筑波大学「つくば学生農業ヘルパー」(筑波大学のサークル活動の一つ)に応援を依頼しています。
市内の農産物直売所や都内の高級スーパー、都内・地元のレストランと直接取引し、一部は市内の集出荷法人を通じて販売しています。また、EC(電子商取引、ネット販売)にも力を入れており、「つくばいしだファーム」(本年9月に、「石田農園」から名称変更)のサイトからは、石田さんの作った野菜を購入することができます。
なお、本記事では、名称変更以前の出来事については、「石田農園」と表記して、報告します。
注1)障害者等が農業分野で活躍することを通じ、自信や生きがいを持って社会参画を実現していく取り組み(農林水産省HPから)
品目 | 出荷時期 | 主な販売先 |
---|---|---|
ベビーリーフ | 年間 | 直売所、都内の量販店 |
ジャガイモ | 6~7月 | 直売所、集出荷法人 |
タマネギ | 6~9月 | 直売所、集出荷法人 |
サツマイモ | 10月 | 直売所、集出荷法人 |
ニンジン | 11~4月 | 直売所、集出荷法人 |
35歳で農業の道に転身
石田さんは1967年に生まれ、2002年35歳のときに就農しました。
それまでは、自動車販売店で整備を担当していました。国家2級整備士や社内の整備士資格を取得し、やがてその仕事ぶりが認められてフロント業務を任されるようになり、その数年後には8人の部下をもつ工場長に就任しました。この販売店での経験から、お客様への対応、チームとして目標をもって取り組むことを学びました。
当時、工場長から農業への転身は考えにくいことであり、周囲からは「退職して新しく自動車修理工場を立ち上げるのでは」と思われていたそうです。
石田さんが、就農を決断した理由は、お父様の有機栽培による野菜づくりに魅力を感じていたから。同時に、管理職となったサラリーマンの仕事にも限界を感じていました。部下の仕事を評価し優劣をつけなければならない管理職の仕事には、性格的になじめないものがあったそうです。
お父様はつくば地域の有機農業パイオニア
石田さんのお父様は、地域で初めて有機農業に挑戦した方です。お父様は長く「葉たばこ」栽培に従事してきました。1985年ごろから、葉たばこからホウレンソウなどの野菜栽培に転換していきましたが、連作障害により、野菜の収量は年々減少しました。そこで、まず、畑の土作りから始めることにしました。知り合いの肥育牛農家から牛ふんをもらって散布し、EM菌や油かす、米ぬかなどに土やもみがらを混ぜて発酵させた「ぼかし肥料」も試しました。最初は、牛ふん堆肥の作り方がわからず、直接畑に散布していたそうです。
このような試行錯誤を経て、「土づくり」の方法を確立していきました。また、適切な品目選定と輪作などにより化学合成農薬散布なしでも栽培が可能になり、2001年にすべての品目で「有機JAS認証」を取得しました。
就農3年目で訪れた「事業承継」
2002年に就農した石田さんですが、「事業承継」の機会は唐突に訪れました。就農3年目にお父様に重い病が見つかり、闘病を経て旅立たれたのです。引き継いだ畑は約150a。販売先は、農産物直売所に加えて都内高級スーパーなどでした。
石田さんは、「父親が亡くなった時はどうやって続けようかと悩んだ。それまでは、父親の指示に従って動いていたので、それぞれの作業のもつ意味について教わったり考えたりすることがほとんどなかった。引き継いだ後は、堆肥づくりにしても栽培方法にしても、父親のやっていたことが、なぜ有機栽培にとって必要なのかについて深く考えるようになった。人間、自分の身に降りかからないと本気にならないね」と笑います。
有機栽培技術を構築
まず、お父様が実践していた栽培方法の意味を問い直すと同時に、様々な人とのつながりの中で有機栽培の技術を高めていきました。
片倉チッカリン株式会社に在籍されていた野口勝憲氏(土壌医の会全国協議会会長)もその1人です。野口氏は有機質肥料とその活用方法に関する研究開発を、長く進めてこられた方です。氏の講演会に参加したり、農場の土壌の微生物相を調べてもらい直接指導を受けたりもしました。
さらに、農研機構の研究員からは、太陽熱土壌消毒について指導を受け、圃場に温度計を設置して、消毒を効果的に行うアプリケーションの開発にも参画しました。
また、有機栽培に取り組む農業者同士が集まる場にも積極的に参加しました。「販売先が同じだったり、有機JAS認証取得を支援する会社の集まりだったり、他県の有機農業者とは何度も顔を合わせた。こうした機会を通じて、福島県や山形県の農業者と知り合い、情報交換することができた」と言います。
「土壌医」資格を取得
2016年には、(一社)日本土壌協会が主催する「土壌医検定1級」を受験。見事合格し「土壌医」の資格を取得しました。「受験を通じて、土壌肥料全体について知識を深めたことで、葉の黄化の状態から、不足している微量要素がわかるようになった。また、土壌診断の数値から将来どのような障害が起こりうるか推測できるようになった」と石田さんは話します。
こうした取り組みを通じて、土づくりや輪作体系、太陽熱土壌消毒など、石田農園の有機栽培技術を理論的にも構築していきました。
石田さんが有機栽培の指導者として、多くの後進を育成できたのは、「どうしてこうなるのか。なぜそれが必要か」について論理的に説明できるからではないかと思います。
うまみと甘み・栄養価でアピール
石田さんは、「有機JAS認証のマークがついていてもおいしくないと売れない。商品はうまみと甘み、そして日持ちの良さをアピールしている」と言います。特にベビーリーフは、夏季は輸送中や保管中に萎れるものが多い中、石田さんのものは、いつまでもシャキッとしていて鮮度が保たれていると評価されているそうです。このため、「石田さんのベビーリーフでなければ」というレストランのシェフも多いとのこと。
また、ニンジンは、先端が尖っておらずふわっと丸くなっています。石田さんは「土が硬いとニンジンは無理に生長しようとして先端が尖る。土がやわらかければ、十分成長できるから丸くなり、糖度も増してくる」と言います。
石田さんは、野菜の栄養価等を数値で裏付けるため、全国的な有機農業のイベントとして徳島県で開催された「オーガニック・エコフェスタ2019」に、農場の野菜(ニンジン・ベビーリーフ)を出品しました。分析の結果、抗酸化力、ビタミンCなどの数値が、全出品物の平均値を大きく上回り、栄養価の高さが数値のうえでも証明されました。
うまみと甘みに優れ、栄養価が高く、日持ちの良い「つくばいしだファーム」の野菜は、農産物直売所では慣行栽培の野菜に比較して3割ほど高く、都内の高級スーパーではより高い価格帯で販売されており、有機野菜として品質や栄養価に見合った価格帯を保持しています。
新たな販路の開拓
有機野菜の取引先は、お父様の時代からの市内の直売所や都内高級スーパーに加えて、直売所店舗数の拡大、レストランや消費者、市内有機農業法人など、人と人とのつながりの中で開拓してきました。
今後は、直売所での販売はそのままに、それ以外の販路を拡大していきたいと考えています。直売所では、商品を袋詰めして売れる形に調製し、有機JAS認証シールを貼付してから、搬入・陳列するなど、思いのほか手間がかかり、労力的にも限界に来ていると感じているからです。
現在直接取引は、レストラン8件(都内6・市内2)、都内高級スーパーなど全体で30~40件にのぼります。レストランは、農場のサイトやシェフ同士のつながりの中で石田さんの有機野菜を知り、取引が始まったものです。これらの業務需要に対しては、ベビーリーフなら1キロ詰めと大口での調製・出荷が可能となります。
また、消費者を対象としたEC(電子商取引、ネット販売)でも、最初はお試しサイズであったものが、10パック、1キロパックと1回の購買量が増える傾向にあります。これは、石田さんの野菜は、一度知ったらやめられなくなる味、野菜嫌いの子供でも喜んで食べる味として人気があるためです。
レストラン等の業務需要やECを拡大するため、本年9月石田さんは、農場のPRやECに利用しているホームページをリニューアルしました。そして、思い切って農場の名称を、長く親しんだ「石田農園」から「つくばいしだファーム」に変更しました。
「調製・出荷に手間がかかると、せっかく作っても出荷できない事態になる。今後は、大口での取引を増やしていきたい」と意気込みます。(つづく)