販路の開拓はまず自分の存在に気づいてもらうことから
2年目から自らの販路開拓を準備
伏田さんの販売先、販路はどのように開拓してきたのでしょうか。年次を追って伺いました。
1年目(2015年)は、地域の有機農業法人に販売していました。同法人では、生協に販売するためのコマツナの生産者を探していました。そのころ、コマツナだけは、何とか栽培できる品目だったのですぐに商談が成立しました。
「1年目の装備は、雨が降れば水没するハウスが8棟と軽自動車が1台。倉庫も作業場もない状態で、どこで調製作業をしようかなという感じ」だったそうです。
2年目(2016年)は、有機農業法人に販売しながら、年度の後半から、自ら販路を開拓するためにブランディングをどうするかを考え、商談会に出る準備を始めました。
3年目の2017年7月に数品目について有機JAS認証を取得したことを契機に、本格的に販路開拓に取り組みました。
「なんだこれは」と注目されるホームページに
伏田さんの考える販路開拓とは、商談会に出て自社をアピールすることです。そのための準備は周到に行いました。手始めに、会社のホームページの開設に取り組みました。
現在のように様々なメディアが取材に訪れる前。自分でインタビュアーとカメラマンを雇い、研究学園内のモデルルームを借りて、インタビューを受けて記事の執筆と撮影をしてもらいました。
掲載する画像は、カメラマンと相談して、トヨタ自動車の豊田章男社長(現代表取締役会長)をイメージできるものにしました。株式会社ふしちゃんのホームページを見ると、紺のスーツを着て低い位置で手を広げる伏田さんの姿が飛び込んできます。「農作業で忙しいなか、作業着からスーツに着替え、撮影が終われば着替えて作業。自分を見せること、会社を見せることを相当意識しました。」と言います。
そして、会社の経営理念を「1.日本のものづくり技術をもって世界に打って出る 2.オーガニックに付加価値をつける 3.多様性を尊重する」と定めて大きく表示しました。「株式会社ふしちゃん」という、自分のニックネームに由来する会社名も、覚えてもらいやすさを第一に考えたネーミングです。
商談会でのブースづくりには資金を惜しまず
商談会のブースは、プロのデザイナーにデザインしてもらい、見せ方もディレクターに依頼して、お金とエネルギーをかけて作りました。商談会における伏田さんのブースとはどのようなものか、最近の例で紹介します。
今回のアグリフードエキスポ(2023年8月開催)では、会社の理念「日本のものづくり技術をもって世界に打って出る・・・」を大胆に表示するようにしました(写真)。
生産量が多い品目に加えて、バイヤーの反応を見るため、まだ発展途上の品目についても展示しています。伏田さんはこのようにして、商談会の場において、アテンション(注目)を得ることに最大限のエネルギーを注入してきました。
その努力は、アントラーズとの関わりやラジオへの出演、インスタグラム、X(旧ツイッター)を活用した情報発信など、現在も継続しています。
商談の実際は
2017年に、伏田さんのブースに、オイシックスのバイヤーが来て、名刺を交換しました。有機のコマツナを売り込みましたが、その時点では「コマツナはいらない」と商談成立には至りませんでした。
しかし、その年に台風が襲来して農作物が被害を受け、全国的に野菜が不足するという事態が発生しました。その時、オイシックスのバイヤーから連絡があり「野菜ありますか?」と聞かれ、「ありますよ!」と即答。こうして商談が成立しました。その後もオイシックスとの取引は拡大を続け、現在同社における有機栽培の葉物野菜取引額のシェア1位は伏田さんの農場だそうです。
伏田さんは「取引で一番大切なことは、欠品を出さず、約束した量を必ず納入することです。」と断言します。
バイヤーからの依頼は断らない
また、伏田さんは、バイヤーからの依頼は絶対に断らないことを信条としています。天候の急変などで野菜の供給が不安定になると、欠品が出て困っているバイヤーからの求めに応じて、伏田さんが野菜を供給します。その時の販売価格は、欠品に乗じてつり上げることなく、通常の価格設定だそうです。野菜を供給してもらったバイヤーは、他のバイヤーを紹介してくれます。このようにして、次々と販路が拡大していくのです。
このため、暑い夏や寒い冬、台風の襲来などで、野菜の供給が不安定になる事態は、伏田さんにとっては、シェア拡大のチャンスとなるわけです。
欠品を生じさせないためには
前述したとおり、伏田さんは欠品を出さず約束した量を必ず納入することを至上課題としています。
そのための工夫として、販路については、契約取引6割、市場2割、直販2割としています。この割合を、種々の環境変化に応じて柔軟に調整します。例えば、夏の高温で生産量が落ちて、需給が逼迫する事態になると、直販を減らして契約取引にまわします。
また、こうすることで、生産した野菜が売れ残ることを防ぐ事ができます。
年間計画はざっくりと
ふしちゃんファームでは、刻々と移り変わるマーケットや気象などの環境変化に対応できるように、詳細な年間計画は作成しません。「詳細な計画を決定してしまうと、変化に対応できず、動けなくなる。」と言います。
栽培計画は、週単位で、今週はこれだけ作付けしましょうと指示するぐらいです。「変化に対応できるよう、引き出しをたくさん作っておき、変化に合わせてその中味を取り出していくようなイメージです。例えば台風が来て、何棟かのハウスが水没しそうな時は、すばやく苗を準備して、台風襲来後の植え替えに備えます。」
「種々の環境変化にアジャストしていける運営体制となっているので、世の中が変わっても最終的に生き残る農場の一つはうちだと自負しています。欠品さえ出さなければ、毎年契約が成立して、契約量も伸びていくのです。」と胸を張ります。
安定供給を支えるふしちゃんファームの技術
苗を育てて移植栽培
農場では、葉物野菜でも移植栽培をメインとしています。もともとは、雑草対策としてスタートしたもので、ハウス周辺の雑草は、防草シートで対応しています。
移植栽培とすることで、ハウスの占有期間を短縮して、回転をあげることが可能になります(年間8~9回転)。「施設野菜は装置産業。回転をあげていくことが重要です。装備当たりの利益をあげることを重点に考えました。」
土壌分析で有機質肥料をオーダーメイド
病害虫防除については、前述した農研機構研究員の支援により、農場に適した防除体系を構築しています。その内容は、太陽熱土壌消毒や耐病性品種、防虫ネット、天敵昆虫の利用、ハウス内外の雑草防除、有機JASに使用できる農薬等各種防除手段を組み合わせたものです。
土壌管理については、堆肥散布は行わず、有機質肥料で対応しています。
毎年8月と2月に、全てのハウスから土壌サンプルを採取して、土壌分析を行います。得られた土壌養分のデータを集約して、農場全体で使用するのに最適な肥料成分量を導きだし、これをもとに冬春栽培用と夏秋栽培用の有機質肥料をオーダーメイドで委託生産しています。
このようにして製造した有機質肥料は、伏田さん曰く「日本一高い肥料」となり購入コストはかかります。しかし、施肥作業は、従業員に各ハウスに最適な使用袋数を指示するだけで完了します。現場で肥料を調整する手間を考えると、一概に高いとは言えません。
GAP認証取得は農業経営の免許証
農場では、2018年にJGAP認証を取得しました。さらに2020年にはASIAGAP認証を取得しました。GAP認証取得はそんなに難しいことではなく、経営上の利点が多いと言います。
「GAPを実践すれば、正しい農業のやり方がわかります。例えば、食品安全や労働安全は非常に重要で、これらを担保する仕組みが必要です。GAPに則って作業を行えば、安全が担保されるので、GAP認証は免許証のように誰でも取得したほうが良いと思います。」と言います。
働き方・人材育成
伏田さんの人材育成の考え方
伏田さんは自分自身が、ストレス耐性が強く、睡眠時間が短くても平気で動ける体力があることを自覚しています。従って、従業員に自分と同じようなパフォーマンスを要求してはいけないとことも理解しています。このため、従業員には大きな負担をかけず、自分が先頭に立って農場を回していければよいと考えています。
しかし、つくば市に加えて、常陸太田市や福島県と農場が増えていく中で、農場を管理する農場長を置く必要があるのでは?という質問に対しては、「(現在くらいの経営規模では)農場長ということではなく、従業員のうち誰かを長(とりまとめ責任者くらい)とするかもしれないが、従業員が、ちゃんと出勤してちゃんと仕事してくれたらそれで十分です。各農場の運用は、マネジメントを担う私の責任で実施するものですから。」と言います。さらに「葉物を中心とした経営はサイクルが短いし、マネジメントがそれほど難しい業種ではない。種をまいて、収穫して、袋詰めするだけだから、長となる人がいなくても、従業員が自主的にやっているという状態が好ましいのです。」と続けます。
ただし、従業員教育については、扉は開けたら閉める、ゴミは捨てるなど、細かいルールは守るよう徹底しています。それは、魂は細部に宿ると考えているからです。」と言います。
労働環境を整える
ふしちゃんファームでは心地よく働ける労働環境を強く意識しています。例えば、ストレスが強い仕事はさせないし、簡単すぎてつまらない仕事も逆にストレスになるのでそういう仕事はつくらないようにしています。
しかも、完全週休2日制で、残業はありません。給与も高く、労働環境と労働条件は、農業法人の中ではかなり高いレベルだと自負しています。
これからの成長に向けて
成長の原動力、絶え間なく成長を続けるふしちゃんファーム。その成長の原動力はどこにあるのかを聞きました。
「現在の売り上げは1億2千万円だが、自分では成長できたとは思っていません。就農2年目に、NPO法人農業支援センターが主催する「企農塾」※を受講しましたが、その内容は農業法人の場合、売り上げ1億円、経常利益1000万円がスタートラインだというものでした。確かに、それより経営規模が小さいと、十分な生産手段が持てないから欠品が生じやすくなり、販路を確保することが難しくなります。だから規模拡大がどうしても必要なのです。」と言います。さらに「1億円を超えたところからが本番です。」と続けます。
「販売額1億円までは、ワンマン社長で十分やって行けます。1億円を超えて5億、6億まで拡大すると、経営をまわすために会社としての組織を整備して、人を育てて農場ごとに農場長を置く必要が生じてくると思います。だからと言って、農場長に全責任を負わせることはしたくないし、そんなことをしたら潰れてしまいます。農場ごとに、従業員みんなが主体的に活動している状態が好ましいのです。」と繰り返します。
「経営者の役割は、その手段が経営にとって有効かどうかを素早く判断することであり、その判断に基づいて会社組織が迅速に動けるようにしておくこと。」だと言います。
※NPO法人農業支援センター主催の、農業者向け勉強会(企農塾)、これからの日本農業を背負う、担い手のための学びの場
今後の経営発展に向けて
現在の販売額1億2千万円から、5年以内にその数倍にまで拡大したいと考えています。品目別では、コマツナ、ロメインレタス、ホウレンソウを増やし、有機いちごを会社の主要品目に育てたいと構想しています。
生産を効率化するために、品目ごとに生産する農場を分け、品目専用農場とすることも構想しています。自ずと、販売額1億円の農場が複数できることになります。伏田さんが言う、販売額1億円までならほぼ一人でマネジメントできるという理屈です。
引退後の構想は
現在のところ、55歳で農場を売却して、好きなことをやりたいと考えているそうです。
「55歳というのは、大きな根拠はなく、上岡龍太郎や島田紳助が55歳で引退という線をだしていたので、自分もその年齢で引退かと考えています。もともと日本農業をなんとかしたいとかいう高邁な理想があるわけではありません。ただ、ゼロからスタートしても、短期間で販売額1億円の農業経営まで成長できることを世の中に示したことは自負しています。しかも健全な経営をやっていることは誇れるところです」と言います。
そして引退後は、「インドネシアなどに行きたいと考えています。これらの国では経済発展が著しいものの貧富の格差が増しているように思います。生活に困っている若者を集め、つくば市でやったように、野菜を栽培してアメリカやオーストラリアに輸出したい。そして、こうすればお金が手に入るぞ。だからさあ動こうよと教えたい。」と言います。
有機農業を志す人に向けてメッセージ
最後に、これから有機農業経営を志す人へのメッセージをいただきました。
「自分のペースでやったらいいのではないか。拡大することだけが、目標ではないと思います。自分はビジネスとして有機農業に取り組んだが、人生を豊かにするために有機農業に取り組むこともありではないかと思う。」
ロールプレイングゲーム感覚で
「振り返ると、自分は、有機農業経営をロールプレイングゲーム感覚でやってきたような気がします。有機農業の世界は、巨大なプレイヤーがいないから、十分戦えるしゲームとして面白い。一つのイノベーションでがらっと変わるところに面白さがあります。今は、ロールプレイングゲームで言えば2~3周目。コマツナなど細かいところを改善していきながら、有機イチゴという新しいアイテムに挑戦していきたい。」と意気込みます。これからの伏田さんの有機農業経営、そして引退してからの活動からも目が離せなくなりました。