株式会社光ファーム (以下 光ファーム)は、境町を中心に水稲50ha(主食用)、六条大麦32ha、パン用小麦28ha、そば36haを栽培する大規模普通作経営体です。
大麦とそばの体系、小麦、水稲を組み合わせた体系です。140ha超を作付け、麦やそばなどの畑作物の割合が60~70%と多いのが特徴です。
米はJAにJGAP米として出荷し、パン用小麦はご自身を含む生産者が出荷組合を作って製粉会社に出荷しています。
機械・施設は、トラクター7台、自脱型コンバイン2台、汎用コンバイン2台、8条植えGPS田植機2台、乾燥機7台などと充実しています。畑作物では収穫遅れによる品質低下を防ぐために、意識的に各品目の面積を40ha程度に抑えています。
労働力は、ご夫妻に加えて社員が4名、繁忙期の臨時雇用が1名です。
光ファームは、優れた人事評価制度を構築し、さらにJGAPの認証を取得して、スマート農業にも取り組む県内屈指の先進的経営体です。平成30年度「全国そば優良生産表彰事業」では、農林水産大臣賞を受賞するなど生産技術にも定評があります。また、代表取締役社長の光一さんと専務取締役の朋子さんご夫妻が役割分担・協力しながら会社を経営していることでも知られています。
県立農業大学校を卒業後直ちに就農
光一さんは1971年に境町の農家の2代目として誕生しました。茨城県立農業大学校に進学し、卒業後すぐに就農しました。就農時の篠塚家の経営は、水稲10ha、田植えや収穫などの作業受託15haを中心に、キャベツなどの野菜栽培にも取り組んでいました。
2008年、光一さんが37歳のときに篠塚家の経営を引き継ぎました。
作付面積の拡大そして法人化へ
2008年に経営を引き継いでからは、作付面積がどんどん増え、麦類やそばなどの畑作物の割合も増加していきました。「米が終わったら増え、麦が終わったら増え、そばが終わったら増え」という感じだったそうです。拡大した面積に対応するため、2016年に従業員1名を雇用し、間もなく2人目を雇いました。
このことを契機に、「従業員が入ったことだし、これはもう法人化するしかないだろう」と考えました。
そして、2018年「株式会社 光ファーム」を設立しました。
光一さんの法人化のねらいは、「従業員の確保」「事業承継がしやすい体制にする」ことです。ご夫妻には2人のお子さんがいらっしゃいますが、「子供たちには好きなことに取り組んでもらいたい。2人とも継がなかったら、この農地をどうしようかと考えた時に、会社にして誰かに事業承継できるような形にしておかなければならない。」と思ったそうです。
2人のお子さんは、都内の私立大学を卒業後、それぞれ薬剤師、獣医師として活躍されています。
経営安定のためにJGAPの導入へ
会社を設立した光一さんは、「これからは、社員にきちんと給料を支払わなければならない。まずは収量を安定させて利益をあげ、会社の経営を安定させなければならない。そのためには今までと同じことを繰り返していてはダメだ。」と強く思いました。
そこで着目したのが「JGAP」です。光一さんは元々大変几帳面な性格で、農機具や生産資材の整理・整頓、作業場の清掃に加えて、書類の整理もごく普通に取り組んでいました。光一さんの農場はすでにGAP認証の用件を満たしているということで、必要書類を整えて2019年4月にJGAPの認証を取得しました。
そして、このころから小麦の作付け品種を収益性の高いパン用小麦品種「ゆめかおり」に切り替えていきました。
朋子さんは光一さんの人生に必要な人
ご紹介したとおり、光ファームは、光一さんと朋子さんご夫妻が、役割分担・協力して経営しています。
光一さんと朋子さんは、農業大学校在学中に知り合い、卒業1年後にご結婚されました。「実は、私は野菜農家の3人姉妹の長女なんです。実家を継ぐ予定だったのが(光一さんに)引き抜かれてしまったのです」と朋子さん。筆者が光一さんに「自分の人生に必要な人だと思ったからでしょうね」と尋ねると、「そうですね。じゃないと引き抜かないよね」という答えが返ってきました。
子育てが終わってから本格的に経営に参画
朋子さんは農大卒業後、正職員として市役所に14年間勤務しました。退職後は、子育てをしながら光一さんの仕事を手伝っていました。また、法人化したころから光一さんから経営について相談を受けるようになりました。
「参画のきっかけは、(2番目のお子さんが就職して)子育てが終わったとき。それまでは、子育てが1番で仕事が2番だったのが、本格的に会社の仕事にシフトしようと思った。会社に意識が向いたのは2、3年前のことです。」
現在朋子さんは、会社の労務関係や会計関係を担っています。
会社をよくすれば、社会もよくなる、自分たちの生活もよくなる
「工夫やチャレンジ一つで、農業はもっともっと面白くなる。
面白ければ人材のモチベーションは上がる。
モチベーション高く働ければ生産性が上がる。
生産性が上がれば、収穫量が増えて、消費者や社会の役に立てる」
光一さんは、ある雑誌のインタビューで経営への考え方についてこのように話しています。「会社に利益が出れば従業員に十分な給料が払える。従業員は安心してお金が使える。すると消費が活発になり(経済が良くなって)社会の役に立てる。そんな意味合いです。だから、とにかく稼がないといけない。じゃあ、稼ぐにはどうすればよいかを真剣に考えるわけです。」と言います。
朋子さんは「お金を稼ぐためには、良いものを作らないといけない。良いものを作るためには良い仕事をしなくてはいけない。と考えていくと、結局社会に貢献できる会社にしないと儲からないし、従業員にも十分なお給料を払えないことになります。」そして、「地域の農業が活性化していかないと、会社も成長しない。会社の内側だけを見ていると成長が止まってしまう。」と強く思うようになったそうです。
人事評価制度の導入は意外な理由から
人事評価制度を導入した理由については「まずは見える化。誰にいくらをどのような根拠で払っているかを明確にしたかった。あなたはこれができるからこれだけ払いますと答えられるように。それが一番の理由です。」と光一さん。
光ファームの人事委評価制度導入には意外なきっかけがありました。
光一さんの知人の子供に双子の兄弟がいて、小学生の時から2人とも「将来は光ファームで働きたい!」という強い希望を持っていました。
光一さんは2人が入社することを想定し、「兄弟といえどもいつまでも同じ給料というわけにはいかない。それぞれの能力によって差をつけなければならない。そのため、兄はこれができるからこの給料、弟はこれができるからこの金額というような、明確な評価基準を作らなければならない。」と強く思ったそうです。
そして、「社員が勉強してできることが増えると、給料が上がる仕組み。社員のモチベーションが上がるシステムを整えたい!」と考えました。
2023年、兄弟は念願叶い光ファームの社員となりました。その時には人事評価制度は運用を開始していました。その後、篠塚さんの姪も入社していますが、親類・縁者関係なく、客観的な人事評価が可能となっています。
コンピテンシーに基づいた人事評価
2020年(令和2年)に人事評価制度の構築に着手した光一さんと朋子さん。まず、県よろず支援拠点に相談してコンサルタントの方を紹介してもらいました。
コンサルタントに会社へ来てもらい指導を受けました。その際「コンピテンシー(※1)に基づいた評価」をするよう求められました。そこで、会社の中の仕事をすべて洗い出し、どのようなことを評価したいのかを選択し、それぞれを点数で評価できるようにしました。そして、給料表を作成し、昇級制度を整えました。
コンサルタントによる指導は4回に及び、光ファームの人事評価制度は、2020年8月に運用を開始しました。
(※1)コンピテンシー:企業などで人材の活用に用いられる手法で、好業績者として優れた成果を創出する個人の能力および行動特性などと訳されている。
人事評価の実際は
月1回、人事評価のために社員と面接を行います。その際、評価シートを用いその月の目標を定めてそれが達成できたかどうかを評価します。時間は1人15分ほどです。
年1回、7月に行う昇級を伴う面接は時間をかけて行います。仕事の種類を細部まで洗い出し、まず自己評価してもらい、面接で最終的な評価を決定します。評価表は本人の希望があれば開示します。評価点数に対応した給料であることを本人が納得することが重要だからです。
人事評価制度は「会社の育児書」
光一さんは、人事評価制度のおかげで、社員が考える仕事のレベルと社長の求めるレベルには大きな隔たりがあることがわかったそうです。
例えば、「農薬の取捨選択ができる」という評価項目に対して、社員は「社長から指示されたものを農薬保管庫から間違えずに持って来られた」から「〇」とします。しかし、社長の言う「取捨選択」とは、「発生した(する)病害虫に対して、どの成分が効果を示すかを理解したうえで、それを含む農薬を選択して持ってくる」というレベルなのです。「求めるレベルの乖離を小さくしていくことも大切なのです」と光一さんは言います。
一方、朋子さんは「人事評価制度ができた時に、これで会社の育児書ができたと思った。そして、会社の育て方が分かった。人が育つと会社も育つはず」と実感したそうです。
人事評価制度のもたらした変化
「導入したあとの最初の変化は、最も早く入社した8年目の社員が、最近になってリーダーシップをとりたいという意思表示をするようになったことです。今までは社長に言われたことだけをやっていればいいという感じだったが、ここ1か月で変わってきました」と朋子さん。
これについては、 「農業総合センター主催の研修会に社員が何回か参加し、他の農業法人の社員と交流して良い刺激を受けたこともあり 『ヤル気スイッチ』が入ったのでは」と光一さんは分析します。人事評価+外部研修の効果でしょうか。
また経営者側でも「農家から企業家に脱皮できた。どんぶり勘定ではなくて、しっかり企業としての仕組みができたのかな。(人事評価も含めて)見える化することで企業としての仕組みが整った。」と朋子さんは言います。
キャリアパスの明確化
光ファームでは社員の目指すべき方向性、キャリアパスを明確化しています。「目指すべきは、農場長など人を使う立場か、それとも農業機械の操作に長けた技術職か、そのどちらかを選べる道筋を作りました。選択できるようにしておかないと本人たちのやる気が出せないかなと思い、管理職か技術職かどちらの道でも選べるようにしています。自分の将来の姿が見えると安心して仕事に取り組めるのではないでしょうか」と光一さん。
また、「これは事業承継に向けた道筋でもあります。経営をやりたい人を探して、経営を任せたい。トラクターの運転はうまくないが経営手腕はあるという社員がいても良いと思っています」と続けます。
JGAPを従業員教育に活用
JGAP導入のきっかけについては、すでに紹介したところですが、GAPを経営の中でどのように活用しているのかを聞きました。
「従業員教育の根拠としてGAPを活用しています。GAPではこういうふうに謳っているからやらなければならないと自信をもって伝えることができます。例えば農薬の在庫管理もそうです。これをやらないとGAPの認証が受けられないんだよと言えます」と光一さん。
社員にも意識の変化が
このような取り組みの結果、社員の意識も変わってきました。整理・整頓が身につき、自然に片づけができるようになったそうです。
社員達に「農業機械の始業前点検の安全確認のやり方を決める」という課題を出したところ、各農機にテプラで印字した「点検項目」を貼り付けることで、簡単かつ正確に点検できるよう社員たちが考えました。
また、鍵のかかるロッカーを用意して、社員達に農薬の整理・格納を任せたところ、社員同士が話し合い、整理方法を決定してきちんとロッカーに納めました。
社員がGAPの精神を理解して自分たちで創意・工夫できるようになりました。
次に、光ファームでの整理・整頓の工夫の一端について紹介します。
パン用小麦への転換
光一さんが、パン用小麦品種「ゆめかおり」の導入を開始してから、2023年播種で5作目になります。
それまでの日本麺用品種「さとのそら」では、目標の数値を達成しても思うような検査等級に届きませんでした。対してパン用小麦である「ゆめかおり」は、タンパク質含量13%を達成すれば高価格で買い取ってもらえるのが魅力です。
光一さんは当初から水田での作付けを目指しました。しかし、水田土壌産コムギは畑土壌産に比べてタンパク質含量が低いことが知られていました。
光一さんは、普及センターの指導を受け、試行錯誤しながら、水田での作付けでタンパク質含量13%を確保する栽培方法を確立しました。それは、基肥に緩効性窒素肥料を施用し、出穂後にドローンを用いて尿素肥料をしっかりと追肥するものです。また、生育を見て分げつ数が多い時は追肥量を増やすなどの調整を行います。十分な窒素施用は自ずと多収にもつながります。また、水稲から転換して2作目の圃場では排水対策が進み生育が良くなるため、2024産の収量は10aあたり600kgを予測しています。しかし、国産汎用コンバインでは、収量600kgを超えると作業スピードが格段に落ちるのが悩みだそうです。
光一さんは、自身が確立した「水田でのパン用小麦栽培法」を公開しています。それは、「水田での作付けが広がると生産量が一気に増え、使ってくれる会社も増える。すると、地元産「ゆめかおり」を使ったパンがコンビニにたくさん並び給食センターでも使ってもらえるようになる。これを見た生産者のモチベーションも上がる」と考えているからです。
圃場管理システムで分散した圃場を把握
光ファームでは、圃場管理システムとして「KSAS」を導入し、このほか農薬散布や追肥作業はドローン(作業委託)を活用しています。ドローンは委託料を支払っても十分に利益が出るほど省力化が図れる技術だそうです。
圃場管理システムはいろいろ試して、自分が一番入力しやすい「KSAS」を選びました。
光ファームでは、水田と畑を合わせて450圃場を管理しており、圃場は半径4km四方に分散しています。社員が自分の立っている場所でKSASを立ち上げると、今どの圃場に来ているかが瞬時に把握できます。また、作業日誌も社員がそれぞれ入力しています。
「KSASのおかげで土地勘のない若い人でも一人で現場に行き作業できるようになった。今は逆に(スマート機器を使いこなせない)ベテランが苦労するかもしれない。」と言います。
今後の方向性は
光ファームの当面の目標は、さらに利益を上げることです。
そして、将来の事業承継をにらんで、光ファームと篠塚家を完全に分離することを目指しています。家の敷地でないところに、事務所と作業場をもう一つ建設して、「事務所には社員が集まり、篠塚家には家族が集う」という状態にしたいと考えています。
「いつまでも、篠塚家でやっている光ファームではダメなんです」と光一さん。
現在52歳の光一さんの「夢」は60歳で社長を辞めること。そのことは社員にも伝えてあり「誰かに譲るよ」と話しています。それまでに、会社を事業承継可能な形にしていきたい。そのような目標をもって日々新たな課題に取り組む篠塚さんご夫妻です。