本稿では、施設野菜生産のスマート化に向けてデータや先端技術の活用について解説し、今後の方向性について考えてみます。
施設野菜生産におけるスマート化技術
施設野菜生産に用いられるスマート化技術としては、環境制御およびモニタリング技術を始め、センシング技術、生産・販売管理技術、ロボット・自動化技術などがあり、ネットワークを通じて情報共有や技術連携が可能になっています。図1に1ha以上の大規模施設生産者や法人を対象に施設生産におけるスマート化システムやツールの導入状況を調査した結果を示しました。環境制御システムの導入は9割以上で、販売管理システムや環境モニタリングシステムの導入は半数以上となっています。一方で、収穫・搬送装置や資材管理システム、画像センシング、作業モニタリングシステム等の導入はまだ1割以下に留まっていますが、導入を検討している法人が多数存在しており、スマート化は着実に進んでいると考えられます。
施設生産における環境要因
ここでは、スマート化が最も進んでいる環境制御技術において環境要因と制御の基本的な考え方を解説します。作物の群落がどの程度光を吸収したか(受光量)、また、吸収した光をいかに重さに変えることができたか(光利用効率)によって物質生産量(群落光合成量)が決まります。この物質生産量のある一定の割合が収穫物の重量、すなわち収量となります。
収量に係る環境要因を簡単に解説します。
①日射は施設野菜生産において収量に最も影響が大きいと言えます。制御は難しいですが、可能な限り多くの光を群落に吸収させるような管理が必要で、「日積算日射量」がその指標となります。②気温は主に成長速度の調節に係る要因であり、「日平均気温」を基準として制御すべきです。エネルギー削減のため、気温が制限要因になってしまう事例がありますが、低温や高温による生産量の低下を定量的に評価し、制御すべきです。③湿度や作物の水分状態は、主に葉の成長に係る環境要因で、葉面積を確保し、群落の受光量を確保することが重要です。④室内のCO2濃度は果実を含め、植物体の重量増加に係る環境要因で「日中平均濃度」が指標となります。高く維持した方が望ましいが、費用対効果を考慮して制御すべきです。⑤養水分のような地下部環境は、センシングが難しく、気づかない内に制限要因になっている事例が多いです。
目標とする生産量を達成するためには、常にこれらの環境条件が植物の生育において制限要因になっていないかを判断することが重要です。
環境・生育データの取得と活用
今まで施設生産では、栽培に最適な環境を維持することが重要視されていました。しかし、立地条件や栽培方法、栽培時期および設備などによって最適環境を維持することは至難の業であり、生産目標によって最適値が異なります。収量が高い生産者の環境条件をコピーしても同じ収量が得られないことも多いのです。環境と生育の関係性を明確にする必要があります。
近年、施設内外の気象環境のモニタリングは容易になっていますが、作物の生育や生産状況のデータを自動で取得できるシステムは少なく、生産者自ら生育調査を行う事例も少ないです。実は、栽培環境と生育や収量データを紐づけることが極めて重要です。例えば、暖房設定を1℃上げた場合に生育スピードや収量がどう変わるか、CO2濃度を100ppm高めた場合に収量はどの程度変動するのかなど、環境条件によって作物の生育や収量がどの程度変動するかを定量的に把握することで、正しい制御が可能になります。
生育・収量予測技術
施設生産では、目標とする収量を定め、計画的に生産することが望ましいです。計画生産を可能にするためには、まず、生育や収量を予測する必要があります。農研機構では、環境情報および生育情報から施設果菜類(トマト、キュウリ、パプリカ)の生育や収量を予測するプログラムを開発し(図2)、WAGRI(農業データ連携基盤)上で運営を行っています。ICTベンダーによってサービス化が進んでおり、生産現場での活用が期待されます。このシステムを活用し、想定される収量と実際に得られている収量を比較しながら、生産の現状を把握し、栽培上の問題点などを早期に改善することが可能になります。なお、施設内環境や栽培管理を変えた場合のシミュレーション値を参考にし、設備導入判断において費用対効果を事前に試算することも可能です。施設生産におけるデータ活用の有効なツールとして活用されることを期待します。
農研機構サイトより、一部修正
経営への導入の進め方
収穫・搬送・無人防除・選果など、ロボット技術については、ある程度大規模生産に限られます。大規模の生産では、収量向上以上に、労務・販売管理の効率化によって収益が向上する場合が多いからです。規模や生産体系によって導入すべきスマート化技術を検討する必要があり、費用対効果の評価が必須となります。過剰なコスト投入を防ぐため、正確な試算が伴われるべきです。
一方、コストがかかるという理由で環境モニタリングシステムの導入を迷う生産者がいます。ただ、周年安定生産や計画生産を実現するためには、環境モニタリング・制御システムの導入は欠かせません。データが残らない施設生産では、失敗をしても原因究明が曖昧で、試行錯誤を繰り返すことになります。データの活用有無も重要です。環境モニタリング・制御システムについては単にデータ取得で終わるケースでは、導入効果が得られません。取得したデータを解析し、栽培上の問題解決や適切な生産管理に活かせれば、その効果は極めて大きいです。
自分の経営に有効なツールの選択が収益向上につながる
農業人口の減少や担い手不足の問題に加え、CO2排出削減といった昨今の社会情勢を考え
ると、労働生産性の向上や計画生産の重要性は増す一方です。施設生産においても精密かつ自由自在にコントロールできる技術が開発されると予想します。センシング技術により生産環境や生育情報をリアルタイムで取得し、AI技術により最適な制御が可能になります。ロボット技術による自動化も現実味が増しています。生産者にとってはアプリケーションによる栽培管理が当たり前になると思います。
このように、スマート技術の発展が急速に進んではいますが、現時点では、生産する側の意思決定や生産性向上を実現するための支援ツールに過ぎません。先端技術を活用した機器やシステムの導入に満足せず、計画生産のツールとして活用でき、収益向上に役に立ってこそ、真のスマート化と言えます。すでに、気象予測や病害虫予測、生育・収量予測などの技術が開発され、サービス化が進んでおり、あらゆるアプリケーションの提供が始まっています。センシング技術をはじめ、生産者の意思判断を支援するナビゲーションシステムや制御機器が速いスピードで進化するため、常に情報収集を行い、有効なツールの選択が収益向上に繋がると思います。2019年度から始まった「スマート農業実証プロジェクト」において、全国的に様々なスマート技術の検証が行われ、その効果について評価されており、ぜひ参考にして頂きたいです。