さらに、イチゴは嗜好性の高い品目であるため、直売経営体も多いことにも着目し、パイプハウスを利用する直売イチゴ経営体を実証農場として2020~2021年度の2か年にわたり、生産から販売まで一貫したスマート農業技術の実証試験を行いました。本稿では本プロジェクトにおける成果の概要を抜粋して紹介します。
導入技術の概要と導入効果
●中小規模ハウスに適した環境制御
パイプハウスと親和性が高い環境制御システムとして、ユビキタス環境制御装置(以下UECS)である「アルスプラウト」(アルスプラウト(株)、実証担当は本製品の代理店である(株)サカタのタネ)を選定し、実証機器として導入しました。また、茨城県では土耕栽培が主流であることから、給液・肥培管理のスマート化としてAIを利用した養液土耕装置である「ゼロアグリ」((株)ルートレック・ネットワークス)を実証機器として導入しました(写真1)。UECSは自律分散型のシステムであり、汎用性が高く、必要な箇所のみを自動化することが可能です。本プロジェクトでは費用対効果の高いシステム構成を目指して、自動換気、CO2施用、クラウン冷却の3項目を選定しUECSによる制御を行いました。
なお、クラウン冷却は実証農場で問題となっていた第一次腋花房の開花遅延対策として導入しました。CO2施用は、実証農場においてすでにタイマー式の施用装置が導入されていましたが、UECSの汎用性を活用し、既存のCO2施用装置をUECSと連結してより無駄のない、濃度を基にした施用制御にしました。クラウン冷却は、UECSの汎用性と実証農場で豊富に利用可能な地下水を利用して、導入コスト・運用コストともに低い地下水利用型のクラウン冷却としました。UECSではこのほかにハウス内外の気象をモニタリングし、自動換気制御を行いました。
養液土耕装置ゼロアグリは土壌環境をモニタリングしながら、土壌データとピンポイント天気予報をAIが解析し、作物の成長に最適となるよう自動で給液管理ができるものです。本装置の導入により、養水分管理の精密化と効率化を図り、土壌環境の見える化とデータの蓄積、養水分管理に要する作業時間の削減効果を実証しました。
これら導入した装置は、2か年の実証期間中大きなトラブルもなく稼働し、本プロジェクトの収量目標としていた実証開始前の平均収量4.2t/10aから30%増の5.5t/10aという高い目標値をクリアし、可販果収量は5.7t/10a(2020年度作)を達成することができました(図1)。作業時間の削減はUECSでは72時間/10a、養液土耕装置では43時間/10a(2020年度作)となりました(図2)。また、これら作業時間の削減により、収穫、パック詰め、作物管理等の他の作業との重複を緩和する効果も見られました。
作業時間は実証前の実績がないため、同一栽培年の慣行区との比較とした
●画像解析による自動生育測定
長期にわたるイチゴの栽培において、環境制御の効果確認や生産性向上には、生育状況を的確に把握する必要があるため、本プロジェクトでは、画像解析による自動生育測定を行いました(実証の主担当はPwCあらた有限責任監査法人)。カメラは普及性を考慮して、広く入手可能なIoTカメラ(RaspberryPi 3B+、カメラモジュール)を選定し、作物の側面と上部2か所から撮影し、クラウド環境に随時画像を蓄積するシステム体制を構築しました。
得られた画像からAI・画像解析技術を用いて、花・果実・葉の投影面積の自動測定を行いました。花・果実の検出には深層学習による物体検出技術を用いて、高い精度での検出が可能となりました。花の検出からさらに開花日と開花数を推定するモデルを作成し、推定した開花日ごとの開花数から収穫までの日平均気温積算値を用いて収穫量の推定を試行しました。葉の投影面積の測定結果からはイチゴ栽培で必須の葉かき作業により、どの程度葉面積が変動しているか、可視化することが可能となりました。
●直売所における需要量(集客)予測と販売への活用
実証農場の主要な販路は、①農場内の直売所、②近隣の道の駅(道の駅常陸大宮かわプラザ)内の直売所、③市場出荷の3チャンネルとなっています。このうち利益率は①>②>③となるため、実証農場では従来経験則から需要を予測し、利益率を考慮して出荷量を決めていました(ただし道の駅では直売所の集客を維持するため一定量の出荷が必要)。
この部分を経験則からデータに基づく再現性の高い予測システムとするため、過去の集客数を基に集客予測モデルを構築し、直売所における需要量を予測しました(実証の主担当はPwCあらた有限責任監査法人)。予測モデルには季節効果・休日効果・雨の日効果等も盛り込まれており、道の駅における予測精度は許容誤差±10%での的中率が49%、許容誤差±20%での的中率が73%となり(販売最盛期の2021年3~4月)、販売に十分活用できる精度が得られました。
●イチゴの管理作業におけるアシストスーツの活用と作業時間の削減
イチゴの土耕栽培では、定植、収穫、葉かきなど中腰で行う作業が多く、腰痛を発症することが多くあります。そこで、アシストスーツの活用による作業負荷軽減の実証を行いました。アシストスーツは(株)イノフィス社製の「マッスルスーツEvery(タイトフィットタイプ)」を選定しました(写真2)。
本製品は電源を必要とせず、空気圧を利用した人工筋肉で姿勢を保持する仕組みとなっています。脱着は容易で、保持力はベルトの調整と付属しているエアーポンプによって自在に調節可能です。なお、本製品の効果を適切に得るには、導入開始時にベルト長と空気圧の適正値を作業者個々で確認する必要があります。
アシストスーツの活用可能な作業候補として7項目をリストアップし、それぞれの効果を測定した結果、育苗管理(追肥)、定植、マルチング、収穫の4項目において負担軽減効果と作業時間の削減が確認されました。これらの作業項目はいずれも中腰程度が大きいものでした。年間(1作)における10aあたり作業時間の削減効果として、育苗管理(追肥)は2時間、定植は5時間、マルチングは3時間、収穫は68時間であり、合計で78時間の削減効果を実証しました(2020年度作)。
作業時間の削減は主として作業中の腰伸ばし回数が減少したことによるものでした。アシストスーツを着用した作業者の意見として、腰の疲労感の軽減や作業効率の向上など、疲労軽減と省力化に対してポジティブなコメントが得られました。アシストスーツの適用性が認められた作業内容について、活用シーンを取りまとめた結果、年間を通して活用が可能であることが示されました(表)。
作業内容 | 作業時期 | |||||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 月 |
2 月 |
3 月 |
4 月 |
5 月 |
6 月 |
7 月 |
8 月 |
9 月 |
10 月 |
11 月 |
12 月 |
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育苗管理(追肥) | 中期 | |||||||||||
定植 | ||||||||||||
収穫 | 長期 | 長期 |
追肥作業については育苗ベンチの高さにより大きく異なると想定される
今後の普及に向けて
本実証試験の技術構成は、実証技術をパッケージで導入することも可能ですが、普及性を考慮して、各技術単体での導入も可能なものにしています。地下水利用型のクラウン冷却やアシストスーツは、アウトリーチ活動を通して実証期間中にすでに普及が進んでいるところです。
引き続き、イチゴ経営におけるスマート農業技術の利活用促進を図るため、県の普及組織やコンソーシアムメンバーと連携し、情報提供や技術的支援を行っていきたいと考えています。
【謝辞】
本稿で紹介した実証事業は農林水産省「スマート農業技術の開発・実証プロジェクト(課題名:直売イチゴ経営におけるスマートフードチェーン構築によるデータ駆動型高収益経営体系の実証)」(事業主体:国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構)の支援により実施しました。コンソーシアム構成員の皆様には、事業の実施に当たり多大なるご協力を頂きました。ここに記して感謝の意を表します。