今回は、その研修教育における実践的なカリキュラムの中から、学生が自ら事業計画を策定して、農産物の生産から販売、実績分析までの一連の事業活動を体験し、戦略的思考力や渉外交渉力、実践力、分析・課題解決力を養成する「経営実践プロジェクト学習」と、先進的な農業経営者等のもとで農業経営並びに農家生活を実際に体験し、農作物の栽培知識や技術を深めるとともに農業に対する意欲と問題意識を高めることで、農業経営者としての感覚を身に付ける「先進農業派遣実習」を紹介します。
経営者マインドを醸成する「経営実践プロジェクト学習」
農業経営者は、自らが目指す経営を実現し、維持・発展させていくために、所得を確保する必要があります。目標とする所得を達成するためには、安定して農産物を生産する技術に加え、農産物をどこに、どのように販売するのかという事業計画を策定し、それを実行するスキルが必要です。
農業大学校では、学生がこうしたスキルを身に付けられるよう、令和2年度から「経営実践プロジェクト学習」のカリキュラムを設置しました。
●カリキュラムの概要
経営実践プロジェクト学習では、学生が自ら事業計画を策定して、農産物の生産から販売、実績分析までの一連の事業活動を体験し、戦略的思考力や渉外交渉力、実践力、分析・課題解決力を養成します。本カリキュラムは、民間の農業経営コンサルタントによる「演習形式の講義」と、教務職員の指導による「グループ単位の実習」で構成され、業務管理手法であるPDCAサイクルに合わせて、事業戦略検討(P)、生産・販売管理(D)、収支管理(C)、課題解決策策定(A)の4段階のプロセスを学びます。
はじめに、「演習形式の講義」において、学生が事業主体となって、将来の農業経営に向けた理想を「事業ビジョン」として明確化し、アンケートや聞き取り調査により消費トレンドや実需ニーズを分析する「ニーズ分析」、自身が生産する農産物を強み・弱みの両面から分析する「シーズ分析」を通して、事業ビジョンを達成するための販売戦略や生産計画などの事業計画を策定します。学生は、事業計画の検討を通して経営管理理論を学ぶとともに、販売を見据えた生産管理や販路開拓のための情報収集、販売交渉に向けた商品提案など、農業経営者として事業を継続・発展させるために必要な知識を学び、戦略的思考力を身に付けます。
次に、「演習形式の講義」で策定した事業計画に基づき、「グループ単位の実習」で農産物の生産および販売に取り組みます。学生は、販売戦略に基づいて設計した商品を実需者に提案、販売交渉を行って契約を締結し、契約先と連絡を取り合って状況に合わせた生産調整・販売調整を行うことで、販路開拓や農産物の生産管理・販売管理の手法を学び、渉外力と実践力を身に付けます。
さらに、生産・販売の結果について、講義で収支決算や収支分析を行います。学生は、生産や販売などの取り組み実績から活動を評価し、次年度の活動に向けた課題を抽出することで、分析力を身に付けます。
最後に、抽出した課題に対し、学生同士が講義で改善点などを議論して、解決策を策定します。事業の継続・発展に向けて課題を設定して取り組むことで、課題解決力を身に付けます。
策定した解決策は次年度の事業計画に反映させて改善を行い、さらなる事業の発展に向けて活動を行います。
●令和5年度の取り組み
水稲や露地野菜、果樹の栽培を学ぶ「農学科」と、施設(温室)で野菜や花の栽培を学ぶ「園芸学科」の学生が経営実践プロジェクト学習に取り組み、農業経営者としてのスキルを磨いています。また、酪農や肉用牛の肥育について学ぶ「畜産学科」では、今後の学習に向けて1年生が講義を聴講しました。
【農学科の取り組み】
農学科では希望者による1グループ7名が、新たな販路開拓や新商品開発に取り組みました。
販路開拓では、取引量の増加による売上の増加を目的として、新たに飲食店と販売交渉を行い、ナシの取引量を増やすことに成功しました。
新商品開発では、シーズ分析を通して生産物の検討を行ったところ、形状等が劣り青果物販売に適さないナシを加工して商品価値を高めることで利益が上がることがわかったため、新たに「梨のドライフルーツ」を企画・開発し、農大祭(学園祭)で試験販売を行いました。また、来場者に品質や価格についてアンケート調査を行い、商品について評価を受け、「一袋で何個分のナシが使われているのか等の説明が記載されていれば、購入の参考になる」といった意見が得られました。
今後はこうしたニーズ調査の結果をもとに、商品の分量や、価格、表記方法等を分析し、直売所等での販売に向けて、より付加価値を高めた商品開発に向けた検討を予定しています。
園芸学科では、全学生34名が各6~7名の5グループに分かれて、各グループで目標を設定し、経営改善に向けて取り組んでいます。
前年度の販売実績を分析・検討した結果、取引先のニーズに適した商品提供が課題となり、その解決策として、取引先で販売するケーキに適した酸味のあるイチゴの品種選定や、見た目が良く大きさの揃ったトマトの生産量を増やすこと等に取り組んでいます。商品は、3年前から開拓してきた近隣の生菓子店やコンビニエンスストアなどの取引先に販売しており、ケーキに適したイチゴの品種として、取引先からは適度な酸味がある『とちおとめ』が使いやすいという評価を受けています。また、トマトは今年度実施する品種に適した摘果方法の導入により、昨年度よりも廃棄量が減り、収益が増える見込みです。
今後は販売量を確保できるよう生産管理を行いながら、新たな販売先の開拓に向けて直売所などの候補先の選定を進めるとともに販売交渉を予定しています。
●結果および学生の反応
学生は一連の事業活動を実際に体験することにより、儲けるためにいかに戦略的に生産・販売するか、コストをどのように管理するかなど、経営に必要な考え方を学びました。
学生からは「商談(販売交渉)は緊張した」「商談シートの作成では、商品PRのほか、原価を計算して利益を出すための販売価格設定など、事前の準備が必要なことが分かった」「農産物直売所で販売する場合、生産原価のほか、販売手数料も考慮した販売価格を設定しなければ利益が得られないことがわかった」「学校の直売所と違い、一定以上の品質でないと扱ってもらえないことがわかった」などの感想が聞かれ、「自分が作りたいものを作る」だけでなく「消費者に求められる商品を作る」ことや「生産コスト等も意識した、利益を得るための販売」を考える意識の変化が見られました。
体験を通じて農業経営の実際を学ぶ「先進農業派遣実習」
農業経営者には、農産物を安定生産する栽培技術以外に、安定した販路や収益の確保、労務管理等、経営を維持・発展させるための管理能力が求められます。このため、学生が先進的な農業経営者のもとで農業経営並びに農家生活運営を実際に体験することで、農作物の栽培知識や技術を深めるとともに農業に対する意欲と問題意識を高め、農業経営者としての感覚を身に付けることを目的として、「先進農業派遣実習」を実施しています。
●カリキュラムの概要
本カリキュラムは、1年生と2年生それぞれの学年における実習で構成されており、実習先となる先進的な農業経営者は、農業大学校が各地域の農林事務所と連携して決定しています。学生は、実習先の経営者や家族、従業員から指導を受けながら一緒に作業を行います。
1年生は、学校が選定した実習先で、学生が3名程度のグループに分かれて5日間の実習を行い、実際の農業現場を体験して農業への理解を深め、就農意欲を高めます。
2年生は、学生自らが希望した農業経営体など、各々の進路に合わせた実習先で1か月間の実習を行い、経営者等から経営方針や手法の話を聞き、実際に出荷・販売を経験することで、栽培技術から販売手法、経営戦略まで幅広く学びます。
●本年度の取り組み
農学科、畜産学科および、園芸学科の1年生、2年生の学生全員が先進的な農業経営者のもとで意欲的に実習を行いました。
【農学科の取り組み】
水稲やカンショ、野菜、果樹などを生産する農業経営体で、1年生37名が14か所、2年生36名が34か所に分かれて実習を行いました。
カンショを生産する農業経営体で実習を行った学生は、カンショの収穫や出荷調製作業の他、6次化の取り組みとして焼きいも加工や接客・販売なども体験しました。
当初、学生は従業員の作業スピードや効率の良い動きに圧倒されましたが、実習が終わるころには作業にも慣れ、周りの動きに合わせて行動できるようになり自信を深めました。また、焼きいも加工など販売方法を工夫する事例に触れたことで、安定した収益を得るためには販売方法も重要であることを学びました。
【畜産学科の取り組み】
肉用牛を飼養する肥育農家や牛乳を生産する酪農家等の大規模農場で、1年生3名が1か所で、2年生7名が6か所に分かれて、機械化が進んだ先進的な畜産経営を学ぶ実習を行いました。
肥育農家で実習を行った学生は、すべてが機械化された作業現場で、餌を混ぜるための飼料用ミキサーを使った給餌作業を体験し、酪農家で実習を行った学生は、牛が自由に牛舎内を歩き回れるフリーストール牛舎での飼養管理や、10頭まで同時に搾乳ができるミルキングパーラー施設での搾乳作業などを体験しました。
学生は、実習を通して、妊娠適期を見極めた受精により定期的に牛を妊娠させるなど、安定的な乳量の確保が酪農経営に重要であることを学んだほか、削蹄(牛の爪切り)作業時に痛みを感じさせないよう牛に鎮静剤を投与してから作業することなどを経験し、動物福祉の重要性を改めて実感していました。
トマト、イチゴなどの施設野菜や、トルコキキョウ、シクラメン等の施設花き、レタス・ネギなどの露地野菜を生産する農業経営体で、1年生15名が6か所、2年生19名が19カ所に分かれて実習を行いました。
トルコキキョウを生産する経営者のもとで実習を行った学生は、苗の状態で一定期間を低温条件下で生育させる自家冷蔵育苗技術を学んだほか、パイプハウスの建設などを体験しました。また、イチゴを生産する経営者のもとで実習を行った学生は、環境制御技術による高品質生産に加え、観光農園や農家レストランなどの特色ある販売方法を学びました。
学生は、派遣先の先進的な農業経営に触れ、自分も様々なことにチャレンジしながら地域農業を活気づけられる農業経営者になりたいと、夢をふくらませています。
●結果および学生の反応
派遣実習後のアンケートでは、約9割の学生が「よい勉強になった」と回答しました。学生からは「実習先は限られた人員や時間で、いかに効率良く作業を行うか工夫していた。また、常に先のことを考えて作業していた」「作型や品目の組合せを工夫して、経営を安定させる取り組みをしていた」など、座学の講義では決して聞くことができない感想が聞かれ、作業の効率化や経営改善への意識の向上が見られました。
派遣先の農業者からは、学生に対して、「何事にも積極的な姿勢が素晴らしい。食の根本である農業、作物を育てることに関心を持ち続けて挑戦していってください」「しっかりとした将来像があり、仕事への取り組みは我が社のパートさんにも引けを取らない。将来は同じ市内の農業者として育ってほしい」「学習意欲も高く、作業・行動ともに目的をもって取り組んでいた。農業を広い視野で見ることで、農と食を考えた未来につながる農業を行ってくれると期待している」といった激励や期待の言葉がありました。
学生は、本実習を通して、現場の高い作業効率を体感し、自分たちも徐々に対応できるようになったことや、収益をしっかりと考慮した経営管理により経営を発展させている事例を目にすることで、就農に向けた意欲や関心をさらに高めています。
今後の取り組み
経営実践プロジェクトや先進農業派遣実習という実際の農業経営を模擬体験するカリキュラムを通して、学生は単に「農産物の栽培管理を学ぶ」という考え方から、「いかに消費者に求められる商品を作り、その商品をどのように販売していくか」といった農業経営を意識した考え方を持つようになりました。
農業大学校では、今回紹介したカリキュラムのほか、農業生産工程管理(GAP)やスマート農業、有機農業など、近年の農業において必須となりつつある最新技術や知見を踏まえた研修教育カリキュラムの充実により、今後も儲かる農業を実現する経営感覚に優れた人材育成を推進してまいります。
◆お問い合わせ先
茨城県立農業大学校
〒311-3116 茨城県東茨城郡茨城町長岡4070-186
電話 : 029-292-0010(代表)
FAX:029-292-0903
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