2023年の茨城県における正確な結果は、今後のとりまとめを待つ必要がありますが、2010年の東北地方と同様に、開花日が早まり成熟日は遅くなったようです。このような生育の乱れは高温年の特徴と言えそうです。
松波ら(2013)より作図
高温年で引き起こされるダイズの生育不良
高温年のもう1つの問題は「青立ち(あおだち)」または「莢先熟(さやせんじゅく)」と呼ばれる現象の多発です(以降は2つを特に区別せず「青立ち」と呼びます)。青立ちは3つの要因でほぼ説明できることが分かっています(表1)。
第1の要因は莢数の不足です。この原因として乾燥による落花、落莢などが考えられます。また、害虫による被害も莢数を減少させます。
第2の要因は日射量の増加です。子実の肥大が始まる時期の日射量が多いほど、青立ちのリスクは高まります。
要因 | 影響する時期 | 備考 |
---|---|---|
莢数の不足 | 開花~着莢期 | 子実の容量と乾物生産の アンバランスを引き起こす |
日射量が多い | 子実肥大期 | 子実の容量と乾物生産の アンバランスを引き起こす |
子実肥大期(後半)の高温 | 子実肥大開始1か月後 ~成熟期 |
– |
第1の要因と第2の要因はバランスの問題で、青立ちは、莢数が少ない状態で光合成が活発となった際に、「茎葉の光合成産物が分配先を失う」ことで起こる現象とされています。一般的に高温年は晴天が続くため、日射量が増えます。また、高温によって第1、第2の要因がともに働き、青立ちの可能性を高めるといえそうです。
これらに加えて、3番目の要因となるのは子実肥大期の高温です。最近の研究から莢数や日射量とは無関係に子実肥大後期に高温に遭遇するだけでも青立ちが促されることが分かってきました(参考文献②参照)。その期間は「子実肥大開始後1か月程度から成熟期まで」とされています。
乾燥害には暗渠の閉鎖が効果的
ダイズの生育には、高温に伴う乾燥害も大きな問題となります。高温の害は営農的な対策をとることは難しいですが、乾燥害については灌水等の対策技術があります。技術的には高温と乾燥の害を分けて考えることが重要です。
表2は気温と土壌水分を分けて、ダイズの生育への影響を見た貴重なデータです。これによると、高温でも土壌乾燥でも収量と百粒重は低くなります。しかし、土壌水分は気温よりも決定係数(各要因がどのくらい影響を与えるかの指標)が大きく、年次間の変動をよく説明できています。土壌水分の制御は収量や百粒重の安定のための有効な対策技術であると言えそうです。
8月の日平均気温 | 8月の日平均土壌水分 | |||
---|---|---|---|---|
収量構成要素等 | 決定係数※ | 相関の正負 | 決定係数※ | 相関の正負 |
全重 | 0.21 | 負 | 0.27 | 正 |
収量 | 0.24 | 負 | 0.29 | 正 |
百粒重 | 0.35 | 負 | 0.44 | 正 |
秋田県大仙市の33年間のデータから計算
※決定係数は「各要因が収量構成要素等にどのくらい影響を与えるか」を表す。また相関の正負が負の場合は、一方が増加すると他方は減少する関係にある
熊谷ら(2018)より作成
ダイズ栽培において土壌水分を制御する方法はいくつかあります。最も直接的な技術は、畝間灌水です。ダイズの多くは転換畑(水田)で作られていますので、技術的には灌水は容易です。ただし、水利慣行等から畝間灌水の実施が難しい地域では「暗渠を閉じる」ことをお勧めします。これは乾燥ストレスが現れる前にあらかじめ暗渠を閉じ、水を逃がさないための対策です。この他、耕深を深くし根域を拡大することで、ダイズが吸水できる水を増やすことも有効です。
灌水支援システムの利用
畝間灌水または暗渠の閉鎖を行う場合、実施のタイミングが重要になります。このタイミングを計るためには、農研機構が開発した「灌水支援システム」が活用できます。同システムはWebを介した情報提供サービスになります(図2)。
生産者は乾燥ストレスを見える化したい圃場をあらかじめシステムに登録します。このとき播種日などの栽培情報も入力します。すると灌水支援システムは農業気象情報などを元にリアルタイムで作土の土壌水分を推定し、乾燥ストレスの情報を表示します。
このシステムには天気予報機能もついているため、9日先までの乾燥ストレスの予測値も表示できます(図3)。出力される乾燥ストレスは0~100%までの指標値となっており、0%はストレスがないこと、100%は乾燥ストレスが最大であることを示しています。
この出力例ではSAKUMOのインターフェースを例に7/24の計算結果を紹介
7/11に一日だけ乾燥ストレス指数(SAKUMOでは「水ストレス指数」と表現)が70%を超えた日があり、赤線で表示されている
その後は計算を行った7/24現在まで乾燥ストレスはなかった
点線で示されている予報値をみると、7/29以降に70%を超える乾燥ストレスが生じることが予報されている
生産者はこの情報を元に、灌水などの意思決定を行うことができます。本システムがアラートを発出するタイミングで潅水することにより、ダイズの収量が10%増収することが実証されています。暗渠の閉鎖の計画を立てる場合も灌水支援システムの出力が参考になります。
同システムは過去の播種日を設定することで、過去年のいつ頃に乾燥ストレスがあったのかも推測できます。複数年の過去データを入力することで対象圃場の「暗渠の閉鎖が効果的なタイミング」を推定することもできます。
2024年3月末現在、灌水支援システムは(株)ビジョンテックが提供するSAKUMOへの登録によって有償利用することができます。
また、農研機構では、ホームページ上で「灌水支援システムの標準作業手順書」も公開しています。灌水支援システムを導入することにより、ダイズの高温害または乾燥害の対策が進むことを期待しています。
【参考文献】
①松波寿典・井上一博・工藤忠之・伊藤信二・長沢和弘・柴田康志・神崎正明・千田洋・二瓶直登・荒井義光・小林浩幸・山下伸夫(2013)2010年の夏季異常高温が東北地域におけるダイズの生育、収量、品質に及ぼした影響、日作紀、82、386-396.
②熊谷悦史・髙橋智紀・中野聡史・松尾直樹(2018)農研機構東北農業研究センターの過去33年間の生産力検定試験におけるダイズ収量と土壌乾燥との関係―農研機構メッシュ農業気象データとFA56モデルによる解析―、日作紀、87、233-241.