北陸最大規模の水田複合経営体であり、2018年には全国優良経営体表彰(経営改善部門)で農林水産大臣賞、2019年には農林水産祭(園芸部門)で内閣総理大臣賞を受賞した、石川県の有限会社安井ファーム代表取締役 安井善成さんがお話しされた基調講演の内容を紹介します。
社長を引き継ぎ野菜部門を拡大
僕は農家の長男だったんですが、小さいころから農作業の手伝いをずっとしていて、「農家長男あるある」だと思いますが、「農業継ぎたくない」ってなっちゃって(笑)、一度サラリーマンになりました。結局、数年後に就農することになったんですが、当時、父親が水稲中心の経営をしていたので、冬場にほとんど仕事がなかったんです。
そこで、冬場の収入源として、試しにブロッコリーを作ってみたら、かなりいいものができたので、「これ、いけるんじゃないか。これからは米と野菜の複合経営でやろう」と父親に話したら、「絶対ダメや」「二足のわらじを履くなんて、そんなに簡単にいくと思うな」と。父親もかなり厳格な、いわゆる「昔ながらの頑固おやじ」だったので、親子げんかもかなりしました。最終的に、父親に、「納得できないなら、もう、社長を引退してくれ。自分が社長になって、責任を取るから」と言い、世代交代して僕が社長になりました。僕が32歳の時でしたね。
父親と大げんかして、社長になったわけですから、あとには引けません。なんとか、米と野菜でやっていけるように、ブロッコリーの規模拡大を始めました。最初20aだった作付面積を、僕が社長になった年には10倍の2ha、その次は5ha、10ha、20ha、4年後には40haと、毎年毎年倍々計画で拡大していきました。
「2足のわらじ」の厳しさを思い知る
でもですね、もともと耕種(普通作)農家ですので、野菜づくりの技術がないんです。面積が40haになったころは、標準的な収量の3割ぐらいしか収穫できていなかったんじゃないかな。田植えしながらブロッコリーを収穫したり、稲刈りしながらブロッコリーを定植したりと、どっちもうまく回せなくて、米も野菜も収量落としました。
結果的に、「このままだと会社を潰してしまう」というところまでいきました。
社長がスーツに着替えたら
当時は、仕事の段取りから何からすべて自分がしていたんですが、「これじゃあダメだ」と、こんな状況になってから気付きました。一人で二足のわらじは履けないんだな、とようやくわかったんです。米と野菜、それぞれに責任者を置いて、きちんと管理しなくてはうまく回せない。だから「社員教育をしなくては」と。でも、自分が現場に出ると、すぐ何か言っちゃう、首をつっこんでしまう。なので、「作業服を着ず、スーツで会社に出勤する」ことにしました。物理的に「現場で作業ができない」ようにしたんです。社員も、スーツを着ている社長の姿を見て、「あ、この人は作業をしないんだ」「自分たちで責任をもってやらなきゃならないんだ」と、どんどんいろんなスキルを吸収していってくれました。
当時は大変な部分もたくさんありましたけど、それを乗り越えて、そこから業績も売上も利益も右肩上がりに伸びていっています。今期は、ブロッコリー95haを作付けする計画です。
「辞めない会社」の礎~やりたいことができる環境づくり~
「今のところは」ですけど(笑)、うちの社員が会社を辞めないっていうことで、「何かしているんですか?」と聞かれたことがあるんです。自分の中では、特別に何かをしているつもりはなかったんですが、「『社員の自発的な取り組みを推奨している、やりたいことができる環境を作っている』から定着率がいいんだね」と、そのとき言われました。
今回、その「社員がやりたいことをやっている」事例を3つご紹介します。
(ケース1)売り切れ続出の大人気商品
僕は、「やりたいことができる」環境を作るために、社員に必ず「何かしたいことある?」って聞くんです。ある新入社員の子が「学校で干しいもづくりを教えてもらったから、自分で実践してみたい」と答えたので、「じゃあやってみようか」ということになりました。入社したばっかりだったんですが、苗の購入から植付け、管理、加工まで、すべて発案した新入社員が主導して実施しました。
で、やっぱり最初にできた干しいもは、ぱさぱさで味もほとんどしないような、美味しくないものでした。でも、数年かけて一生懸命試行錯誤を続けていくうちに、本当においしい干しいもになっていって、今では直売所に並べても大盛況で、数量限定にしないとすぐ売れ切れちゃうような人気商品になりました。もう、自社で製造するのも限界だということで、外注に出して量販しようかという段階です。
社員が自らやりたいことを提案して、さらにそれを本人が、自分の責任でやる。会社は資材とか、労働力とかをバックアップする。この流れなしに、会社が「干しいも作れ」って言って作らせても、同じようにはならなかったと思います。
「やらされる仕事」ではなく、「自らやる仕事」であることが非常に重要なんだ、と思っています(図1)。
(ケース2)大盛況の八百屋スタイル直売所
北海道の農家で働いたあと、東京の市場で働いたんだけど、やっぱり農業がしたいと、うちの会社に入った経歴の社員がいるんです。で、彼にも「何かしたいことある?」って聞いたんです。そしたら、仲卸の経験もあるから、「昔ながらの八百屋みたいな、対面形式で、旬の野菜の情報を伝えながら売る、そういうスタイルの直売所がやりたい」って言うので、「じゃあやってみようか」と。ちょうど昔事務所として使っていた、10畳くらいの場所があったので、そこを僕の日曜大工で、直売所に改修しました。
でも当時、売れるものはブロッコリーぐらいしかなかったし、めちゃめちゃ田舎なので、ほとんど通行人もいないようなところなんです。しかも、通常の農作業の業務もあるんで、木・金・土、週3日のみの営業。僕も自信がなかったので、「人が来なかったら、1年でやめるよ」という限定付きで始まりました。
インスタ等で周知する以外は宣伝もせずにいたのですが、インスタを見てくれた人がどんどん来てくれるようになりました。今では夏はトウモロコシ、秋と春はブロッコリー、冬場は干しいもと焼きいも、という形で回しています。今年で5年目になるんですが、売上も右肩上がりで、おかげさまで大盛況です。最近は、アーティチョークとか、変わった野菜も30~40種類、家庭菜園のように好きなものを作って売るようにもなりました(写真)。
(ケース3)体が動かなくても、農業へのあこがれは発信できる
農業が好きで、北海道の農家で働いていたんだけど、がんになってしまった。最初の手術は成功し、地元に帰ってきた、という社員もいます。それでもやっぱり農業がしたいと、弊社に入ったんですが、1年足らずでまた再発して、また手術することになりました。2回目の手術は成功しましたが、後遺症とホルモン治療の影響で、常に乗り物酔いのような状態になってしまった。力仕事も、車に乗ることもできない、当然トラクターにも乗れないという状態です。彼にも「何かしたいことある?」って聞いたら、「農業が好きなので、農業の魅力を伝えたいです」って答えた。「じゃあやってみようか」ということで、彼のために「広報課」という部署を作り、X(旧Twitter)で発信をはじめました。
本来なら、「安井ファームの魅力を発信しよう」とすると思うんですが、彼は違った。「ブロッコリーの魅力を発信した」んです。もし、彼が安井ファームの魅力を発信していたら、地元の人とか、すごく少ない人しか賛同してくれなかったんじゃないかな。情報発信の対象を、ブロッコリーにすることで、全国のいろんな方に見てもらえるようになった。そのことが非常に当たって、わずか半年足らずで1万人のフォロワーができて、5年後の現在では大体7万7千人ぐらいになりました。
いろいろなメディアにも出演させていただいていたり、「日本一バズる農家の健康ブロッコリーレシピ」として本を出版していただいたり、これは本当に彼自身が頑張っている証です。
進展する会社、チャレンジする会社であることへのこだわり
昔、就農して間もないころ、僕の友達に社員として働いてもらっていたことがありました。その当時は水稲農家で、大きく面積を増やすこともなく、新しいことに挑戦することもなく、同じ作業を繰り返していました。2~3年働いたところで、彼に「自分の給料、いつ増えるんですか」って言われたんです。その後、彼は辞めていきました。
いろんな部分で会社が動いていく、チャレンジしていくっていうことは、働く人たちみんなにとっても大変なことではありますが、会社がちゃんと成長している、自分たちも成長している、っていう糧になる。だから、新しいことに常にチャレンジするっていうことは、組織として会社をやっていく上で、非常に重要なことだと思っています。進展のない会社には、人はとどまらないです。
「農業を通じて 働く人の幸せと お客様の幸せを願い 実現します」
これは、安井ファームの経営理念です。働く人が働きやすい環境を用意すること。お米であろうが野菜であろうが、お客様に「満足してもらえる」と自信をもって提供できる商品を作ること。生産者という立場を崩さず、地域に根差した農業で社会貢献し、発信できる環境を整える。未来を見据え、次世代へつながる生産活動を行う。
安井ファームは、こういうことをしようとしています。