農業経営の担い手 ―新興勢力と旧来の担い手―
2020年代に入ったあたりから、これまでとは全く異なる農業の担い手が見られるようになったと感じています。経営者の年齢は30歳代で、農業生産寄りの、つまりバリューチェーンの川上側を起点としつつも、川中(流通)までを事業領域としている場合もあります。農業を専門的に学んでいない場合も多く、農業に対する先入観が少ないようです。若い時の社会経験などを契機に農業を選択し、農産物の海外輸出や海外での農場展開にまで取り組んでいたりします。生産や調製のための施設投資に大きな資本が必要となり、大企業などからの出資を受けたりして資本力を増強し、急激な規模拡大を行っています。こうした新しい担い手は、2000年代に台頭してきた、現在60歳前後の経営者とはまた異なる勢いがあると思います。しかし同時に、スタート時からの大規模な投資と急激な規模拡大にはリスクが潜んでいるようにも感じられます。
日本農業の担い手として、地元で何代も続く家族経営農家の数が急激に減少しています。農家の後継者の農業経営継承が減少するのに対して、非農家出身者が農業に参入し、従来の農家とは異なるマインドで農業を経営する人が増えています。ある場合は、スタートアップ事業の一つとして農業が選択されることもあります。また、農業とは全く異なる業界の会社が農業に参入する、いわゆる異業種参入のケースも多いようです。ただ、他産業で培った商品づくりやマーケティングのノウハウを農業に持ち込んでも、それだけで成功するほど農業の世界は甘くありません。個人で農業に参入しても、技術や経営上の問題が克服できずに離農するケースもありますし、農業に参入した企業がわずか数年で農業に見切りをつける事例も多くみられます。
それにしても、わずか20年程度のうちに、農業という産業への入り口が大きく開かれたことは驚くべき事態です。そのことの評価は、プラス面とマイナス面がありますが、プラス面としては、何よりも、農業という産業がブラックボックスではなくなり、一般の国民が興味を持つ対象になり、中には農業経営に興味を持って参入する個人や会社が出てきたことにあると思います。新しい血が入ることによって、農業が再評価されています。
半面、農家戸数の急激な減少や新規参入者の増加、企業の参入による、農業生産に関わる関係者の多様化と、担い手の流動性の増加は、産業としての農業の維持・発展と農村の維持にマイナスの影響を及ぼしているのではないかという危惧もあります。具体的には、耕作放棄地の増加、村の中で知らない人に会う、農業に入ってくるのは良いが早々とあきらめて退出する人や企業が多い、等です。
プラス・マイナスの影響があるにしても、農業が大きく変わってきたし、今後、その結果がより顕在化することは明らかだと思います。そもそも「家」に基礎を置く家族関係が大きく変化する中で、昔ながらの家族農業は変わらざるを得ません。家族員の中でも、農業に携わりたい人は携わる、それ以外の職業を選択したい人については、その人の職業選択が尊重されるべきという意識は、当事者の間にも広がっています。実際、全国的な農業賞を受賞する農家や農業法人でも、奥さんは別の仕事に就き、第三者を雇用しているという事例は増加しているように感じられます。優良事例の現地調査で、「失礼ですが、社長の奥さんは農業経営に携わっていないのですか?」と尋ねるのは、当方の遅れた認識が露呈するようで、恥ずかしく思うことがあります。
大規模雇用型農業法人の課題 ―規模拡大・雇用・人材育成―
農業界で生き残っていこうという担い手は、コスト低減と収益確保のために、継続的に規模拡大を行う必要があります。離農する農家から依頼される農地も急激に増えており、必然的に規模拡大せざるを得ないという事情もあります。そして、規模拡大のためには、従業員の雇用を拡大する必要があり、経営者と家族員に加えて数人の外国人技能実習生やパート従業員のみでは、経営を継続できなくなってきます。しかし、労働人口が減少している中で、従業員を確保するのは容易ではありません。雇用できたとしても、従業員を育てて生産力の増大に結びつける必要があります。
現在、労賃水準が急激に引き上げられています。石破内閣は2020年代に全国平均の最低賃金を1,500円に引き上げるとしています。これらを背景とした他産業の賃金引き上げの影響を受けて、農業での人材不足は深刻化しています。新規雇用の困難化に伴って、農業の現場では、日本人に代わる外国人材の採用や処遇と、日本人と外国人材のいずれに対しても、雇用人材を生産力向上にどのように結びつけるのかという、様々な試みが展開し始めています。
外国人材に関しては、技能実習制度の検討が行われ、新たに育成就労制度が導入されて、2027年までに施行されることになりました。これにより、これまで「国際貢献」という建て前と労働力確保という本音が乖離していると批判のあった制度の目的が、「人材育成・確保」と明確にされました。また、2018年に創設された「特定技能」の業種が見直され、農業においても技能実習や育成就労と特定技能を一体のものとして捉えるように、制度改正がなされました。これにより、技能実習では最長5年だった在留期間が、特定技能2号になれば、事実上、永住可能になったと言われています。現在は過渡期ですが、耕種農業・畜産ともに特定技能2号の合格者が増えています。現場を歩いてみると、「日本人よりも外国人材の方が優秀である。」「日本人を採用したくても応募してこない。以前はそうではなかったが、状況が変わった。」「日本人とともに外国人材も優秀であれば幹部職員にしていく。」等の意見が聞かれます。
また、雇用した日本人従業員や外国人材に対して、会社の理念を理解し、生産力向上に貢献してもらうための行動指針や具体的な目標を設定して、人事評価や処遇に反映する仕組みを明確化する取り組みを開始している農業法人もあります。データ蓄積が容易にできるようにプログラム化・デジタル化して利用を開始した農業法人も出てきています。
農業においても、雇用労働力を多数導入すると、「人材という資源をどのように管理し育成して生産力につなげるのか」ということが重要になります。しかし、コストをかけて外国人材を含む多数の雇用労働力を導入し、従業員にモチベーションをもって経営発展に貢献する働きをしてもらうようにマネジメントしていくことは、農業以外の経営者にとっても、いわば永遠の課題です。先進的な農業経営者は、いまや、この課題に直面していると言えるでしょう。しかしそれは、立派な農産物を生産するという農業生産者の機能とは異なるものです。ですから、誰でも大規模雇用型農業の担い手になれるとは考えられません。しかし、生産部門だけでなく、営業部門等を持って、売り先を確保した上で、契約ベースで生産を行うという、これからの農業経営に必須の活動を行うためには、多くの従業員が必要となります。
先進的な大規模法人では、加工部門にまで取り組み、いわゆる6次産業化を図る経営もありますが、加工部門への取り組みは、高い衛生基準や多額の投資が必要となるので、かなり限定的で、農産物のカットや一次加工品の製造などにとどめている事例が多いように思われます。
家族経営が生き残る道 ―販売と生産を結びつける大規模農業法人や農協との連携―
これまでに述べたような、多くの従業員を使う農業経営者にはなりたくないが、農業生産を軸に経営を行っていきたいという、家族プラス従業員数人という農業経営(本稿では、こうした経営を家族経営と言っています)は、かなりの数、存在すると思われます。高い農業技術を持ち、従業員がいても数が少ないので経営者の指示が徹底できるという経営は、実際に、生産性や収益性において、大規模雇用型の農業法人を凌駕することも多いと言われます。そうした経営がバリューチェーンにおいて必要な要件を満たし、生き残っていくことは、日本農業の維持にとって、非常に大切であると思われます。
ここで、2020年農林業センサスの数値を用いて、将来にわたって経営を発展させていくであろう農業経営体数を予想すると、全国で、法人経営体(30,707)、あるいは、3,000万円以上売上経営体(41,104、うち法人経営体が14,018)が中心になっていくと思われます。2020年時点の農業経営体総数が約107万ですから、まだまだ多くの経営体は離農していくでしょう。しかし、自身の経営で自ら営業を行い、買い手のニーズに合わせた数量・品質の農産物を安定的に供給し、かつ、多くの従業員の育成と管理を行うというレベルの経営は目指さないが、生産においては優れた技術を持つ農業経営は多く存在すると思います。
そうした経営を組織化し、多くの農家や農業法人において、ニーズに合わせて農産物を生産し、取引相手との有利な価格交渉に耐えうるマーケットイン型の農業経営を成立させることが重要であると思います。それは、高い生産技術を持つ家族経営を、有能な経営者が率いる雇用型の農業法人や販売組織、そして的確に機能している農協が運営する組織のメンバーとして組み入れる事により可能になります。
その組織においては、どのような機能が働いているのでしょうか。まず、品目ごとの栽培基準を作成し、グループの生産物の品質や農薬・肥料使用に関する保証が必要であり、栽培履歴が管理されます。次に、販売を行うための組織があり、従業員を雇用して生産と販売をマッチングさせるための細かい調整を行っています。生産に先立ち、生産側は販売側に対して、時期ごとに供給する農産物の量・品質・荷姿などについて、契約を行います。しかし、農業生産は天候に左右される部分があるため、販売先との出荷時期や量のきめ細かいすり合わせは、時間軸に沿って、細かに調整しなければなりません。特に中食や外食向けの販売においては、食品工場の稼働の問題もあり、この調整は重要となります。また、販売先は特定のところに偏らず、多様な組み合わせを行う必要があります。多様化することにより、取引条件に関わる交渉力を保持し、取引のリスクを軽減することになります。基本的には、価格の変動が大きい市場取引は行わず、契約取引になっています。市場価格は変動が比較的大きいですが、契約取引の場合は、ほぼ安定しています。ただ、契約数量を達成するためには、気象変動の影響を克服する高い生産技術が必要となります。
可能であれば、グループ内で各品目の周年供給ができるような生産圃場の配置を行います。生産者の側で周年供給の仕組みをもっていることは、取引上、有利な条件となります。特に、近年の夏季の高温対策として、北東北や北海道での農場設置や、当該地域産地との連携が進んできているようです。さらに、組織としての生産者や生産量を維持するために、研修生を受入れて育て、組織の構成員を増やすという取組みをしているところもあります。このような機能を持つ組織であれば、農協であれ農業法人や販売会社が中核となって農家が構成員である組織であれ、有効性を持つと考えます。逆に言えば、以上のような機能を果たしていない組織では、家族経営を支えていくことは難しいでしょう。
おわりに ―規模雇用型農業法人の課題と家族経営の生き残り戦略―
農業経営が家族経営により代々受け継がれてきた1960年頃までは、農業経営の戸数は550万戸でほぼ一定でした。しかしその後の高度経済成長期に兼業化が進むとともに、その後一貫して、農家戸数が減少しており、近年は減少が加速しています。農業法人数は約3万で若干増加しており、大規模経営(北海道で100ha、府県で10ha以上)の数も増加していますが、それでも離農して生産を中止する小規模な農家が生産していた分を、これらの担い手で全てカバーして生産することは難しいと思われます。
今後、重要になるのは、安定的な収入を得ることができる生産規模を持ち、高い生産技術を持つ家族経営を、どのように生産と販売をつなぐシステムの中に包摂するか、という点であると思います。さらに小規模な個人経営や高齢農家は、すでに排除ではなく共存する存在ですが、彼らにとっては、直売所などが有利な販売の場になりましょう。しかし、直売所などでは販売しきれない規模層は、会員農家の農産物販売を行う大規模農業法人や販売会社を中心とする組織や、同様の機能を持つ農協などのメンバーとなって、生産を続けていくことが望ましいと思われます。これが、農家戸数の急激な減少と日本農業の生産力の低下を食い止めるための方策です。
現在の農業の担い手は、年々参入する企業や個人がいる半面、早々と見切りをつけて退出する事例も多くなっています。農業法人の売買も見られるようになりました。施設の売買や農地の貸借・売買だけでなく、会社そのものの売買(M&A)も散見されるようになりました。農業生産の担い手が流動性を増す中で、本稿で述べた、大規模雇用型農業法人の雇用を巡るマネジメントの高度化と、一定数の安定した家族経営を支える仕組みづくりは、農業生産力の維持と、農業生産の担い手や農村地域の安定性を保つという点において重要であると思われます。