当研究所では、このような背景をもとに、「いばらキッス」の奇形果発生要因の解明と対策技術の開発に取り組んできました。
奇形果発生の要因は?
イチゴの奇形果は「正常ではない果実」すべてを指しますが、①受精不良果(不受精果)、②乱形果(鶏冠状果、縦溝果など)、③発育不良果の3種に分けられています。このなかで「いばらキッス」において問題となるのは主に①の受精不良による奇形果です(写真)。
受精不良果の発生要因は、従来から直接的な要因としてミツバチの訪花不足、花粉稔性の低下、雌ずいの異常、栽培的な要因として低温、高温、日照不足、過剰施肥などが指摘されています。しかし、各種の因果関係が複雑に絡み合っており、原因解析が困難な問題となっています。
これまで当研究所では、複数の要因について解析を行ってきました。その中で分かってきた定植時期と奇形果の発生との関係について紹介します。
定植時期が「いばらキッス」の奇形果発生に及ぼす影響
●定植日の違う3つの栽培で試験
県内で一般的な促成イチゴの定植時期は、育苗方法により9月上旬~10月上旬まで幅がありますが、これまで定植時期が早いほど奇形果の発生リスクが高まることが指摘されていました。
そこで所内試験において、定植日を①9月5日(夜冷育苗早期定植)、②9月24日(普通育苗の平均的な定植日)、③10月3日(普通育苗の遅い時期の定植日)の3回に分けて栽培試験を行い、奇形果発生に及ぼす影響を解析しました。なお、いずれの定植日においても花芽分化ステージが、「がく片形成期」になるように採苗日や夜冷処理を調節しています。
●生育のバランスと密接な関係
試験の結果、奇形果の発生率は、頂花房では定植時期が遅いほど高まりますが、奇形の程度は低く、不可販となる奇形果の発生率は低いことがわかりました。一方で奇形果が問題となりやすい第一次腋花房では、定植時期が早いほど奇形果の発生率が高く、奇形の程度も高く、不可販となる奇形果の発生率が高いことがわかりました。第二次腋花房では、夜冷育苗早期定植のみ程度が高い不可販となる奇形果の発生率が高く、他の定植日では軽度な奇形果が小発生するのみでした(図1)。
1)奇形1:A品相当、奇形2:B品相当、奇形3:規格外相当(不可販)、奇形4:未肥大(不可販)
耕種概要
9月5日定植(夜冷育苗早期定植):令和元年6月17日採苗(挿し苗)、8月1日から定植まで短日夜冷処理(暗期16時間、15℃)
9月24日定植:令和元年7月8日採苗(挿し苗)、園芸研究所の慣行に準じて育苗した
10月3日定植:令和元年7月16日採苗(挿し苗)、園芸研究所の慣行に準じて育苗した。
定植日は、いずれも花芽分化が「がく片形成期」を基準とした
その他の栽培条件はすべて園芸研究所の慣行に準じて管理した
奇形果の発生状況と生育との関係をみるため、各定植日で草高の推移を比較したところ、9月5日定植のみ11月中旬にかけて旺盛になる山型の傾向を示し、他の定植日ではおおむね草高15~20cmで推移していました(図2)。また、定植時期が早いほど、頂花房および第一次腋花房では開花が早まりますが、高次の花房になるほど定植日の影響が小さいこと、定植日が早く年内の生育が旺盛なほど頂花房と第一次腋花房間の葉数が多くなることがわかりました(表)。
定植日 | 頂花房 | 第一次腋花房 | 第二次腋花房 | 花房間葉数 |
---|---|---|---|---|
9月5日 | 10/7 | 12/14 | 1/26 | 7.1 |
9月24日 | 11/12 | 12/24 | 2/9 | 4.3 |
10月3日 | 11/25 | 12/31 | 2/6 | 3.7 |
1)開花日は調査株の半数以上が開花した日とした
以上のことから、「いばらキッス」の奇形果は、生育のバランスと密接に関連し、定植から年内にかけて栄養成長に傾くことで旺盛に生育し(草高20cm以上で推移)、第一次腋花房の花芽分化が遅れることにより発生が助長される可能性が高いと考えられました。
年内収量を確保するために
現在、所内では9月上旬の夜冷育苗早期定植においても、安定して第一次腋花房を分化させるための技術実証を行っています。本実証が進めば、奇形果の発生を抑制しながら年内収量を確保する技術が開発できる見込みです。