笠間地域農業改良普及センター(以下 普及センター)では、笠間市やJA常陸等関係機関と連携して、観光地としての地域特性を活かした「笠間の栗」生産振興と付加価値向上に取り組んでいます。
冷蔵殺虫技術を活用したクリ出荷体制への転換
●JA常陸友部栗選果場における生栗殺虫体制の見直し
大消費地が近いこともあり、「笠間の栗」の主要な出荷形態は生栗での出荷です。生産者の約3人に1人は、JA常陸友部栗選果場を通して市場出荷しています。出荷した生栗は常温で保管・流通するため、中生以降の品種においてはクリの最重要害虫であるクリシギゾウムシの防除が必須です。クリシギゾウムシの被害を防ぐためには、収穫後のクリに殺虫処理を行う必要があります。これまで、選果場ではヨウ化メチル剤によるくん蒸殺虫を行ってきました。しかし、消費者の安全志向の高まりから、殺虫体制の見直しが課題となってきました。
●冷蔵殺虫技術の現地導入
くん蒸殺虫に代わる技術として、選果場での大量処理が可能な冷蔵殺虫の実用性が高いと考えられました。これは、収穫後のクリを一定期間低温に遭遇させてクリシギゾウムシによる被害を抑制する技術です。しかし、一般的な通風式冷蔵庫では庫内の温湿度ムラが大きく、安定した殺虫効果を得にくいことが問題となりました。そこで、庫内の温湿度を均一に保つことができる、さらに高性能な冷蔵施設として「氷蔵庫」(非通風式で壁内を冷媒が循環することで冷却する仕組み)に注目しました。京都府での現地導入の先進事例視察等を経て、2019年にJA常陸栗部会員2名が「氷蔵庫」を導入しました。普及センターでは、「氷蔵庫」の実用性を確認するため、殺虫効果の現地試験を行いました。
●冷蔵によるクリシギゾウムシ殺虫効果
「氷蔵庫」を用いた現地試験の結果、クリシギゾウムシが発生しはじめる中生品種では約3週間、発生が多くなる晩生品種では約4週間の氷蔵貯蔵(-2℃)により、十分な殺虫効果が得られることがわかりました(表1)。
品種 | 貯蔵期間1) (日) |
出庫後 常温保存期間2) (日) |
調査果実数 (果) |
被害果実率 (%) |
殺虫効果 (%) |
---|---|---|---|---|---|
中生 | 0 | 30 | 100 | 19.0 | – |
14 | 10 | 100 | 7.0 | 93.0 | |
21 | 10 | 100 | 1.0 | 99.0 | |
28 | 10 | 100 | 0.0 | 100.0 | |
晩生 | 0 | 45 | 100 | 39.0 | – |
14 | 11 | 100 | 9.0 | 91.0 | |
21 | 10 | 100 | 6.0 | 94.0 | |
28 | 11 | 100 | 3.0 | 97.0 |
1)JA常陸栗選果場に出荷された無くん蒸の生栗を、氷蔵庫(-2℃設定)で無包装貯蔵した
2)出庫後、調査日までは室温条件下で保存した
●クリ一次加工施設「笠間栗ファクトリー」の設立
2021年に開業した「道の駅かさま」整備事業の一環として、笠間市、JR東日本(株)、JA常陸の3社の共同出資により、栗ペーストや甘露煮等を製造するクリの一次加工施設「笠間栗ファクトリー」が整備されました(図1)。普及センターでは事業の計画段階から、仕入れ体制の整備、甘露煮大量製造の試作まで、伴走支援を続けています。収穫したクリを冷蔵後直ちに加工にまわすことで、殺虫処理を省略することができます。「笠間栗ファクトリー」では、選果場で選果・冷蔵されたクリを仕入れて直ちに加工することで、歩留まりがよい原料を仕入れる体制を確立することができました。
図1 笠間栗ファクトリーにおけるクリ加工体制
●選果場のくん蒸殺虫体制を廃止し、冷蔵殺虫体制に完全移行
氷蔵庫を導入した2経営体で2019年から4年間、無くん蒸で冷蔵殺虫したクリの試験販売と、短期貯蔵したクリのコールドチェーン販売を行ったところ、いずれも虫害によるクレームはありませんでした。また、2022年には笠間栗ファクトリーが稼働を開始し、JA常陸友部栗選果場から加工用のクリが出荷されました。
これらの結果を受け、JA常陸では2022年度をもって栗選果場のくん蒸処理による殺虫体制を廃止し、2023年からコールドチェーンによる出荷体制に完全移行することになりました。
付加価値の高い販売体制の取り組み強化
●冷蔵貯蔵により糖含量も増加
クリを冷蔵貯蔵すると、殺虫効果に加えて、果実内のデンプンが糖化することで「甘み」が強くなり、高付加価値化につながります。約30日間の冷蔵で、品種を問わず糖含量が生栗の2倍近くまで増加することがわかりました(図2)。糖化以外の貯蔵適性についても、普及センターで品種別に細かく把握し、氷蔵庫等の冷蔵施設導入による貯蔵栗の付加価値販売を支援しました。
図2 氷蔵庫で貯蔵したクリ果実の糖含量(2020)
●JA直売所における生栗の品質向上のための冷蔵販売開始
2021年に開業した「道の駅かさま」にJA常陸直売所みどりの風が移転すると、主な客層が地域住民から地域外からの観光客に代わり、特産の「笠間の栗」が看板商品になりました。需要急増を受けてクリ出荷者が増えた一方で、品質に関するクレームも急増し、直売所における出荷基準や品質管理体制の見直しが急務となりました。
そこで2022年に、普及センターや笠間市等の関係機関が連携して、生栗の冷蔵販売および品質検査を実践しました(写真1)。その結果、購入者からのクレームは前年の月30件から月1~2件に減少し、販売単価も向上しました。
写真1 直売所での生栗冷蔵販売
●市の補助事業とも連携し焼き栗の直売を開始
焼き栗は加工機械の導入が比較的容易で、消費者ニーズも高く、冷蔵殺虫した貯蔵栗を効果的に活用できます。これまで、地域での導入事例はわずかでしたが、県農業総合センターや園芸研究所と連携して「焼き栗加工マニュアル」を作成するとともに、笠間市の補助事業とも連携して「圧力式焼き栗機」の新規導入を支援しました。その結果、2020年からの3年間で7経営体が焼き栗直売を開始しました(写真2・3)。
写真2 市販の圧力式焼き栗機
写真3 焼き上がったクリ
●「笠間の栗」の販路拡大
全国的なクリ消費需要の高まりの中で、貯蔵等の付加価値販売による販路開拓においては、観光地の集客力を活かした産地直売と同時に、都内レストランとのマッチングや産直サイトへの出店など、全国的な直接契約の販売について重点的に支援しました。その結果、都内の高級レストランとの直接契約や産直サイトを通した販売が始まっています(表2)。
販売 |
販売先 | 商品 | 平成30年 | 令和4年 | ||
---|---|---|---|---|---|---|
販売単価 | 実践経営体数 | 販売単価 | 実践経営体数 | |||
JA直売所出荷 | 笠間市の |
生栗 |
– | 0 | 1,500円 ~2,000円/kg |
100 |
直接 |
高級 |
貯蔵栗 | – | 0 | 2,000円 ~2,500円/kg |
3 |
産直 |
全国の |
貯蔵栗 | – | 0 | 2,500円 |
4 |
庭先 |
笠間市の |
焼き栗 | 3,600円 |
2 | 3,600円 |
9 |
農家 |
笠間市の |
渋皮煮 栗おこわ |
1,500 ~2,000円 |
1 | 1,500円 ~3,000円 |
2 |
一次加工や作業の機械化による大規模経営の実現
●新規参入によるクリ一次加工施設の運営
2021年に、福祉事業所や野球チームを運営する「株式会社アドバンフォース」が笠間市でクリ生産に参入しました。クリ生産だけではなく、普及センターの提案で、農福連携(※1)と相性が良いクリの収穫や選別、むき栗・ペースト加工といった作業工程をマニュアル化し、クリ加工施設の運営を計画しました。翌年9月には、笠間市の学校跡地利活用事業を利用して栗ペーストの一次加工施設と栗専門カフェを整備し、稼働を開始しました(写真4・5)。
(※1)農福連携:障害者等が農業分野で活躍することを通じ、自信や生きがいを持って社会参画を実現していく取り組み
写真4 栗ペーストの加工の様子
写真5 カフェ開業のチラシ
●収穫作業の軽労化による大規模経営の実現
クリ経営における所得向上の方法の一つとして規模拡大があります。しかし規模拡大には、年間作業時間の約4割を占める収穫作業がボトルネックになっており、収穫作業の軽労化が課題となっています(図3)。そこで、「株式会社アドバンフォース」では、参入2年目の2022年に、普及センターの提案で手収穫と吸引式や手押し式の簡易収穫機を組み合わせて作業チームを組み、収穫作業の軽労化を試みました(写真6)。その結果、全量を手収穫した前年より、1日当たりの収穫量が約3倍に向上しました。同時に、担い手のいない栗園を集積し、経営面積12haまで拡大しました。
図3 クリ経営年間作業時間割合(%)
写真6 クリ収穫の方法(左から、手収穫、吸引式、手押し式)
残された課題を解決するために
まだ解決すべき課題も残されています。まず、これまでの常温流通から冷蔵流通への切り替えにおける実需者の理解促進。そして、品種別販売の取り組み強化による他産地との明確な差別化。さらに、農薬のドローン散布や果実の画像選別等によるさらなる省力化の検討も必要です。今後も普及センターでは、生産者や関係機関と連携し、「笠間の栗」振興のために普及活動を続けていきます。