有機農産物の生産・加工・販売などを手掛け、2019年には全国優良経営体表彰(担い手部門)で農林水産大臣賞を受賞した、奈良県の(有)山口農園代表、山口貴義さんによる基調講演の内容を紹介します。
地域を守れる有機農業を実現したい
山口農園は、平坦な広い土地がない、完全な中山間地にあります(写真)。私たちの地域では、離農が進み、遊休地がすごい早さで増えています。そのスピードに合わせて遊休地を解消したい、地域の荒廃を食い止めたい。そのための一つの手段として、有機農業に取り組んでいます。
有機農業がその唯一の手段だとは思っていません。その地域が持続・継続できるなら、いろんなやりかたがあっていいと思っています。
山口農園が大事にしていること
自分は非農家出身で、現顧問である義父が行っていた農業を手伝う形で始まりました。手伝いを始めた最初の頃は、「なんでみんなこんなしんどいことをやっていられるんだろう」と思っていました。自分だけ辛いならまだいいけど、常に農作業で拘束されれば、子供と一緒に遊んだり、出かけたりすることもできない。それでは若い人が入ってこなくて、さらに過疎化が進んでしまう、そしたら地域を守れないですよね。そういった経験から、自分の代では「農業は家族がするもの、苦労するもの」という価値観を変えて、「若い人が農業をやりたいと思える」仕組みを作ろうとしています。
無理と言われていた「生計が立つ有機農業」の実現
農園を立ち上げた当初は、周囲から「農業、それも有機農業なんかで、メシ食べていけるわけないがな」と言われていました。でも、野菜づくりって、考えてみると、工場みたいに燃料焚いて決まった部品を組み立てているわけではなくて、ほとんど人の手間、人件費なんじゃないか、と。じゃあ、効率を上げたら、上がった分を利益にできるはずじゃないか、と思ったんです。
家族単位で、みんなで一緒に働いていたら、お昼を食べに家に帰る、昼寝する、みんな準備ができるまで待つ、なんていう時間がある。その時間というのは、工場で言ったら「稼働率ゼロ」。部署を分けて、いっせーの、でどんとやれれば、稼働率を上げられる。まずは稼働率を上げて、コストを下げようと思いました。
完全分業制で負担やミスがなくなり活動の輪も広がる
今は7部門の分業制を導入しています。栽培は生産部、収穫は収穫部、袋詰めは調製部、受発注作業は営業販売部が担当します。あとは、加工部と、教育部、総務部。
まずは収穫部があるので、みんなで毎朝早く起きなくていいし、調製部があるから夜なべで袋詰めしなくていいんです。夜なべで作業すると、疲れてるからどうしてもミスが出るし、品質も下がってしまいます。家族ではなく、外から人に来てもらって、袋入れ専属でやってもらうことで、品質が良くなりました。
営業販売部では、山口農園グループ全体の受発注を行っています。今は、全国のスーパー、百貨店、飲食店などに販売をしています。法人を立ち上げた最初のころは、自分が営業販売担当だったので、必死になって居酒屋さんに飛び込み営業して、「売れた」と思ったら代金をもらえなかった、なんていうこともありました。今は、「オーガニックコーナー」を持っているかどうかなど、相手をよく見て、絞って取引するようにしています。
加工部では、カレーなどの加工品を開発・販売するほか、出荷できない野菜をペーストにしたり、それをさらに地域の大学や企業と連携してフルーツサンドにしたり、染料にしたり、墨汁にしたり・・などという活動も行っています。
教育部では、公共職業訓練学校である「オーガニックアグリスクールNARA」の運営を行っています。山口農園が地域の遊休地の管理を請け負い、新規就農を目指す研修生の研修用地や就農用地として活用しています。採算が見込めない、有機JAS認定取得に必要な2年間の土づくり期間を研修圃場として利用し、就農時に認定農地を提供することで、「人も土も循環する仕組み」を回そうとしています。
地域があるから農業ができる
農業というのは、地域があるからできるもので、農業だけの単体では成立しません。だから、地域との関係、地域を大切にするということが重要なポイントになります。
山口農園では、地域のマルシェやお祭りに参加したり、小学校で授業をしたり、地域の井堰掃除も行っています。山口農園と役所と地域で「自主防災協定」を締結し、消防訓練なども行うようになりました。
そんな中、山口農園がある奈良県宇陀市でも、2022年11月に全国初のオーガニックビレッジ宣言を行い、有機農業推進の取り組みを起点とした魅力あるまちづくりを目指すことになりました。
スタッフがいたから今がある
山口農園には、6つの社訓があります(図)。社訓というのはとっても大事です。働いている人、みんながわかる経営の骨子です。親方が一人でわかっていても、その下で働いている人が、「今、なんでこんなことやらされてるんだろう?」とか、「前言ってたことと違うことやっているけど、いいのかな」と、迷うようになっては、笑顔で働けなくなってしまいます。
「人は城、人は石垣、人は堀」という言葉があります。その言葉通り、山口農園の今があるのは、スタッフたちのおかげです。「笑顔のあふれる農園」を目指すために、例えば農園内に「イベント委員会」「広報委員会」「AI委員会」「美化委員会」の4つの委員会を設けて活動してもらっています。
山口農園のこれから
販売会社を立ち上げたり、有機野菜の全国産地リレーができる組織にグループを拡大したいなどの目標があります。さらにその先では、世界にも目を向け、現地法人を立ち上げて、オーガニックを普及させていきたい、という思いもあります。
みなさんへ
有機野菜を育てるより、人を育てるほうがずっと難しいです。育ってくれるためには、農園で働いている人みんなが、お互いに未来を想像できることが大事だと思っています。
自分は本当に周りのみんなに助けてもらいながらここまで来ました。人を活かすこと、それが経営に一番大切なことだと思います。