ひたちなか市の「干しいも工房しんあい農園」は、家族経営で6haのカンショを栽培・加工・販売する干しいも専業農家です。しんあい農園が目指すのは、栽培したいもの価値を活かし、幅広い世代が活躍できる職場を作り、利益を生み出す「えん」になる農業(図1)。
しんあい農園に関わる人が幸せになり、農業経営にも変化をもたらしたイノベーションがどのように始まったのか、紹介します。
「発表スライド」より
干しいも農家に嫁いで感じた思いを形に
10年前に農家に嫁いだのを機に農業に携わることになった澤畑さんは、農繁期の雇用確保の難しさ、地域担い手の高齢化を肌で感じ、「これから10年、20年先まで農業経営を続けるために、若い世代が干しいもと関わりを持てる環境を作り、農業を将来の職業の選択肢の1つとしてもらいたい」と考えるようになりました。また、しんあい農園では干しいもを箱詰めで販売しているため、サイズの小さなものは、加工に手間がかかるにもかかわらず、商品規格に合わないために規格外として扱われてきました。そこで、「一口サイズで食べやすい小さな干しいもを、小ロットを求めるお客様向けに小袋包装し、新商品として付加価値をつけて販売したい」との思いが強くなりました。
一方、社会に目を向けると、小さな子供と一緒に通える職場を探している方、短時間勤務を希望する方など「働きたい気持ちはあるものの、希望する働き方が見つからない子育て世代」がいることに気づきました。
これを機に2018年から、子育て世代の従業員が働ける環境づくりを核とした、多様な働き方の提案、小さな干しいもの高付加価値化への挑戦が始まりました。
事業所内託児所の開設による多様な働き方の導入
子育て世代の従業員が働ける環境づくりの第一歩として、自宅敷地内の空き家を事業所内託児所として開設することにしました。立上げは、澤畑さんの学生時代の友人でもある、子育て中の幼稚園教諭や保育士とともに行い、ガラス窓をプラスチックにリフォームするなど、子供たちが安全に過ごせる工夫をしました。また、冬場に空いているハウスに遊具を設置し、雨の日でも屋外で遊べるようにしました。
そして、事業所内託児所「うのはな」の開設とともに、短時間でも作業可能な小袋包装部門(通称、しろくま隊)を立ち上げ、0~3歳の子育て世代が託児所に子供を預けて働ける環境を整えました(図2)。
「発表スライド」より
しろくま隊と託児部門のどちらに従事するかは採用時に決めますが、日によって業務内容を柔軟に選択することもできます。新部門の1日あたりの必要人数は、しろくま隊が4名程度、託児部門が1名で、就業時間は3~5時間/日の間で選択できます。
これにより、干しいも加工シーズンのパート従業員の就業時間の選択肢が増え、より幅広い世代の雇用が可能になりました(図3)。
事業所内託児所から始まるイノベーション
しろくま隊は、今まで規格外とされてきた小さなサイズの干しいもを小袋包装する専門部隊です。小袋商品は食べきりサイズの個包装で販売し、しんあい農園で最もキロ単価の高い商品となりました。これにより、消費者の「干しいもを試しに食べたい」「食べきりたい」というニーズに応えるとともに、値頃感のある価格となったことで気軽に手に取り、消費者の裾野を広げるきっかけとなりました。
事業所内託児所では、子供たちのおやつに干しいもを取り入れるなど、「食育」にも力を入れています。このように、事業所内託児所の創設を機に、子育て世代の雇用、規格外の小いもを活用した新商品開発、若い世代が干しいもと関りを持てる環境づくりを実現することができました。
「えん」になる農業の実現に向けて
澤畑さんは「時代の変化に合わせて維持すること、継続することが難しい」と、将来を見据えた危機感を語られていました。
澤畑さんが農業に携わって感じた思い、日々のコミュニケーションを通して知った社会が抱える思いこそが「時代の変化により生まれたギャップ」であり、そのギャップを「事業所内託児所の開設」により解決しようとしたように、周囲を説得し、協力を得て行動を起すこと、その繰り返しが農業経営の発展に繋がるのかもしれません。
しんあい農園が目指す「えん」になる農業の実現に向けて楽しみながら進む姿は、頼もしく、応援したくなり、輝く未来を感じさせるものでした。